「“エケベリア”、準備はまだか?」
シェインが、若い同志に声を掛けた。
「これから始める所だ。」
“エケベリア”という仇名の同志が、細い手を拭くと、テキパキと準備を開始した。
『流石は、爆発物処理班にいた警官だ。』
シェインは若い同志の見事な手捌きに関心した。
“エケベリア”は火薬に配線を付け、それを目覚まし時計に繋げた。
それを、浴槽の中に横たわっているコリンの体に巻き付けていった。
コリンは目が空ろで、“エケベリア”が爆弾を付けても、なすがままであった。
「薬が効いているな。」
シェインはほくそ笑んだ。
コリンは、“エケベリア”の「君が動かなければ、決して爆発しない。」との言葉を信用していた。
裏社会で培われてきた勘では、この男は信じるに値していた。
「後は頼んだぞ。俺は、これから外の見張りをする。」
シェインが浴室から出た。
“エケベリア”は、コリンの体に巻きついてある配線を一本抜いた。
「もうちょっとの辛抱だからね。」
去り際、“エケベリア”がコリンに優しい口調で言った。
『何だ、この若い男は?!敵か、それとも味方か?それとも、秘密結社を混乱させた男なのか?』
コリンはあれこれと思考した。
若い男と入れ替わりに、目付きの険しい男が見張りに付いた。
外で見張っている振りをして、シェインは庭のはずれに止めてあった1台のバンに乗り込み、アジトをこっそりと出た。
大通りに出ると、直ぐに“老人”に連絡を入れた。
「“紫陽花”、とうとう抜け出したか。で、俺は愚かな同志達の後始末をすれば良いんだな。」
“老人”は、“紫陽花”ことシェインの考えが、十二分に分かっていた。
「頼む。だが、人質だけは残してくれ。あのガキは何かと役に立つ。」
「それなら、“エケベリア”も残そう。ガキに爆弾を巻き付けたんだ。もしもの時に備えないといけないしな。アイツも何かと便利だぞ。」
一瞬、シェインは考え、決断した。
「そうしてくれ。」
「了解した。」
=====
4日も待ちぼうけを食らわされ、皆は、精神的に疲労がピークに達していた。
その間は、情報屋のジュリアンから1回連絡が来たのみであった。
ロボは、別のペット・ホテルに預けられていて、期間は2週間。
この情報から、皆は長期戦になると覚悟した。
4日目の午後、ジュリアンが、ブライアンのiPhoneへ掛けてきた。
声が上ずっていた。
「ようやく、アジトが分かったんです!」
「どこだ!」
「ここから、車で3時間程の距離にある、不動産屋の社長の貸し別荘です。セレブが使う別荘だったので、こちらも気が付くのが遅くなりました。ニックの野郎、幾つもの偽IDを使って、何件もの別荘を借りたから、こっちも振り回されました。信頼できる仲間から得た情報ですので、確実です。私は、今から現場へ向かいます。」
「待て。その前に、こっちへ持ってきて欲しいものがある。内容は分かるな。病院の駐車場に来てくれ。現場には、デイビットと急行する。」
「はい。15分後に伺います。」
iPhoneを切ると、イサオ、猛、そしてサラに、アジトが判明した事を話した。
「FBIには?」
サラが聞いた。
「これから、連絡する。兎に角、コリンを助けなければ。猛さん、サラ、イサオを守ってくれ。俺達が病室を離れると、又連中が襲撃する可能性がある。」
「私が、側についております。」
猛がポケットから、手裏剣を数枚取り出した。
イサオは、父親の手から、四方手裏剣を貰った。
「今回は、俺は意識がある。足はまだだけど、手はどうにか動かす事が出来る。ブライアン、こっちの事は、心配するな。」
ブライアンとデイビットは病室を出て、ブライアンの愛車ベンツS HYBRIDの前に着くと、ジュリアンがその前で待っていた。
手に持っていたスーツケースを開けた。
M16や、MK14 MODⅠ等のライフルと弾が収められていた。
ブライアンは、スーツケースを受け取り、デイビットがその中から、M16を取り出した。
「安全の為だ。ジュリアンは遠くにいてくれ。」
ブライアンは、MK14 MODⅠを手に取り、チェックした。
「分かりました。近くまで案内します。」
2台の車は、アジトへ向かった。
=====
1時間後、外で見張りをしている筈の、“紫陽花”ことシェインがいなくなり、同志達は平静さを失っていた。
そんな時に、アジトに車が一台止まった。
中から“老人”が降りてきた。
「偽造パスポートを持ってきたぞ。」
2名の同志が、車の近くまで歩いた。
「それよりも、“紫陽花”がいなくなった。昨夜、金を取りに行ったミーシャは戻ってこないし、どうなっているんだ。何か聞いていないか?」
「ああ、聞いているよ。1時間前に電話を貰ったんだ。」
“老人”車の後ろに回り、トランクを開けた。
「何て言っていた?」
「“紫陽花”はミーシャと落ち合い、別の奴らを雇って、ブライアンを倒すってさ。」
「何だって?そんな話し聞いていないぞ!」
同志達に戦慄が走った。
“老人”は、トランクから黒い丸い物を取り出し、地面に叩き付けた。
一面、煙が充満し、その場にいた同志達は、咳き込んでしまった。
別荘の中にいた同志達も、何事かと庭に出てきた。
その隙に、“老人”はM16を取り出し、仲間達に向けて撃ち始めた。
「シェインは、お前らを見捨てたんだ。俺もそうだ。」
一人が撃たれて倒れた。
「この裏切り者!」
皆は咳き込みながら、銃を取り出し、銃撃戦が始まった。
“老人”は、もう一発弾丸を爆発させ、更に庭が煙で覆った。
コリンに爆弾を巻きつけた、“エケベリア”という仇名の同志も、銃を持って、庭に飛び出した。
彼は奇妙な言葉を発した。
「川!川!川だ!」
「お前何を言っている!ここには川なんてないぞ!」
近くにいた同志が叫んだ。
“老人”は、その声の主には、M16を向けなかった。
「やまーっ!」
“老人”も、この場にはない名詞を、“エケベリア”に向かって大声を出した。
“エケベリア”は、銃を持ったまま、「山」と叫んだ声の方へ駆け寄った。
すると、車の下に隠れてしまった。
これらは、“老人”と“エケベリア”との間で、お互いの位置を確認する合言葉であった。
「お前も裏切ったのか!!」
煙の影で、“エケベリア”が車の下に隠れていたのを見た、同志達は叫んで、銃を乱発した。
中に戻り、仲間を呼ぶ同志もいた。
“老人”はもう一つの丸い弾を破裂させ、煙を室内にまで充満させた。
同志達は、煙と仲間の反乱に混乱した。
「右方向にいるぞ!」
同志の一人の声が、煙の中から聞こえた。
別の同志が右に振り返り、銃を撃つと、背後から撃たれた。
「他にも裏切り者がいるのか?!」
残りの同志達は疑心暗鬼になった。
“老人”が声色を使い、室内を益々混乱に陥れた。
“老人”は、冷静に一人、又一人と仲間を倒した。
地下の風呂場にいたコリンは、防音設備の為に、地上の騒音には気付かなかった。
先程、見張りの男が出て行ったきり、風呂場にはコリンだけが残されていた。
鼻が折れていたが、かすかに火薬の臭いがしてきた。
『何かが起きている。』
コリンは察した。
『デイビットとブライアンが、助けに来てくれたんだ。』
マリオンが走って降りてきた。
浴室のドアを勢い良く開けると、浴槽の中にいたコリンを抱えようとした。
爆弾が爆発するのを恐れ、コリンは拒否し、マリオンの手から逃れようとした。
マリオンは、スタンガンをコリンの体に当てた。
コリンは、何度も当てられてもこの激痛に耐え切れず、意識を失った。
コリンを浴槽から出し、盾にする様にして抱えた。
「思ったより軽いぜ。これなら、地上まで楽々運べる。」
マリオンは言った。
浴室から出ても、コリンの体に巻きついている爆弾は爆発しなかった。
マリオンは知っていた。
この爆弾は時間が経たないと爆発しないことを。
左利きのマリオンは、コリンの左側頭部に銃を突き付け、前を歩いた。
1階から、“老人”が降りてきた。
白髪の男性であった。
「“老人”!この裏切り者!ちょっとでも動いてみろ!コイツの命は無いぞ!」
耳の近くで、マリオンが大声を発したので、コリンは意識を取り戻した。
ゆっくりと目を開けると、そこにはニック・グラントがM16を構えて、立っていた。
『ニック?“老人”とは、ニックの仇名だったのか。皆が言っていた様に、彼も秘密結社の一員か。デイビット達は間に合わなかったんだ。』
コリンは絶望にかられた。
「ライフルを下ろせ。手を上げろ。さっさとしろ!」
マリオンの声に、コリンは驚いた。
『この2人は、仲間割れをしているのか。』
ニックは、ゆっくりと床にM16を置き、両手を上げた。
「それを、こっちに投げろ。」
ニックは、再び床に両手を付き、ライフルを投げようとしていた。
コリンは、ニックの右手が何か持っているのを見た。
ニックは、ライフルを投げた次の瞬間、右手に隠し持っていた物を、マリオンに投げ付けた。
マリオンは右目に衝撃を受け、叫んだ。
それを逃さず、ニックは瞬時に左手で、ワルサーPPKを右胸のガンホルダーから取り出し、マリオンの左手と両足を撃った。
マリオンの左手から、銃がはじかれ、床にコリンごと倒れた。
コリンはマリオンを見て、ぎょっとした。
虫の息のマリオンの右目には、大きな黒い釘が刺さっていたのだ。
ニックは、すかさず釘を取り出した。
マリオンは更に叫び、辺り血が飛び散り、コリンの顔にも付いた。
ニックはワルサーPPKで、マリオンの右目に数発撃ち、止めを刺した。
「従兄弟のカルキンと同じ様に、目を撃たれたな。」
ニックが呟いた。
コリンは逃げようとした。
「怯えなくてもいい。」
ニックがそう言うと、コリンの体に巻きついてある爆弾を触った。
「ビリー、どの線を切ればいいんだ?」
ニックが、“エケベリア”を本名で呼んだ。
地下に降りてきた若者、ビリーは答えた。
「この爆弾と火薬は繋がっていないんだ。さっき、僕がコードを切ったんだ。だから、時間が来ても爆発しないよ。」
「やるな。」
ニックは笑い、小型ナイフを取り出した。
爆弾をコリンの体から切り離すと、コリンの手足を縛っていた縄を切った。
きつく蒔かれていたので、手足首には濃い痣が出来ていた。
「手荒な扱いをされたな。」
ニックは渋い顔をした。
「俺が分かるか?」
コリンは頷いた。
ニックは、コリンの顔や体の怪我具合を確認した。
コリンは、ニックの手の感触が、誰かに似ていると思った。
『そうだ。イサオと隼さんだ。』
「こりゃ、ひでえな。ビリー、コイツを見ててくれ。」
ビリーに、コリンを預けると、ニックは1階から毛布とタオルを数枚取ってくると、地下に戻った。
毛布を1枚をコリンに掛け、タオルで顔にこびり付いていた血を拭き取ってくれた。
視界が広がった。
残りの毛布を、側にいたビリーに渡した。
「外の様子を見てくるから、もう少し、ここで待て。コリンが寒そうにしていたら、もう1枚毛布を体に掛けてやってくれ。」
ニックは、再び地上に出た。
コリンとビリーは、地下室の床に座ったまま、じっと待っていた。
鼻に付く臭いが消えてきた。
銃が何発か聞こえた。
「多分、ニックが撃っているんだ。落ち着いて。彼の銃の腕前は、このマイアミ一だから、心配は無用だよ。僕も君を守るからね。」
励ましているビリーの方が、そわそわしていた。
コリンは裏社会で鍛えられていたので、さほど動揺していなかった。
冷静に、側に落ちているマリオンの銃を拾い、弾が入っているかを確認した。
ビリーも、銃を取り出した。
暫く静かな時間が流れた。
「この様子なら、もう敵は倒されたよ。ニックが各部屋を回り、確認している所だね。」
安心したコリンは、銃を持ったまま、顔を毛布で埋めた。
まだ、ビリーはそわそわしていた。
コリンが毛布に顔を埋めているのを見て、ビリーは己を落ち着かせる様に、手に何かを書いて飲み込む仕草をした。
毛布の隙間から、コリンはビリーの行動を見てしまった。
もう1回、ビリーはその行為をした。
『なんかのまじないか?』
コリンは顔を少し上げ、じっとビリーの手つきを見た。
次の瞬間、コリンは『えっ?』と思った。
ビリーは、丁寧にカタカナで『カ、ツ。』と書いて、それを飲み込んでいたのだ。
『ビリーという人は、日本語が書けるのか。』
コリンの視線を感じて、ビリーはコリンの方を振り向いた。
コリンは慌てて、視線を下に逸らした。
『カ、ツ。何だろう。・・・。もしかして、勝つ、という意味か?この勝負に勝ちたいと祈るお呪いだろうか。初めて見た。』
ビリーはお呪いをしたお陰か、落ち着いてきた様子であった。