2時間おきに男達が、浴槽に寝かせられているコリンを見張った。
このアジトへきて次の日の夜、その中の一人が、コリンを見た。
「顔は腫れているが、なかなか色っぽいな。」
男はニヤリとして、鼻息を荒くさせた。
この2日間、コリンを間近で見張っていく内に、男は己の欲望に負けてしまった。
コリンは、男の醜悪な目付きを見逃さなかった。
男がコリンの体を触ろうとした時、コリンは後ろに縛られた手を男に差し出した。
「解いて。」
コリンは強い色気を出した。
「それは出来ない。」
男は、積極的に迫るコリンにドキマギした。
「何言っているの。どうせおもちゃにされるなら、楽しみたいんだ。気持ちよい思いをさせてあげる。縛られていたら、それが出来ないよ。」
「少しの間だぞ。」
男はコリンの手を縛っている縄を解いた。
コリンは、足の縄を解きながら、チラチラと目で、男に秋波を送った。
男は興奮してきた。
薄暗い浴室の中で、コリンは妖しく写った。
男が浴槽の中に入ろうとしたが、コリンが制した。
「あそこでしよう。」
コリンは立ち上がり、さっきまで男が座っていた椅子を指差した。
色気のあるコリンの目線に、男は操られ、黙って従った。
椅子に座っている男に、コリンはゆっくりと服を脱がし始めた。
シャツのボタンを半分まで開けると、コリンは男の胸を撫で回した。
『こいつ、テクニシャンだ。』
コリンは男のガンホルダーに触れた。
男は気を取り戻し、コリンの手を解くと、自分から外して、足元に置いた。
コリンは再び男の胸板を撫で回した。
「あっ。」
男が喘いだ。
「声出しちゃ、駄目。隣の部屋の男達に気付かれちゃう。」
コリンは耳元で、男に囁いた。
「大丈夫だ。外の見張り以外は、1階の居間に皆寝ている。」
「じゃあ、起きているのは貴方と、外の見張りだけなんだね。良かった。」
コリンは男の首筋にキスをした。
吐き気を堪えた。
「お前、良い匂いがするな。」
男はコリンの首筋をくんくんと嗅いだ。
『お前は反吐の臭いがする。』
コリンは心の中で罵った。
アジトを点々としているので、デイビットとブライアンが、ここを知るまでには時間が掛かる。
この男を利用すれば、自力で脱出が出来そうだと、コリンは見ていた。
コリンは連れ込まれる時に、家の間取りを大まかに覚えていた。
銃を奪い、男を人質にして、外に出る算段を、頭でシュミレーションした。
地下の浴槽を出て、真っ直ぐ行けば階段があり、そこに出ると、玄関に続く廊下に出る。
居間のドアが閉まっていれば、連中に気付かれること無く外に出られる可能性がある。
そうでなくても、人質を取っているので、連中も簡単には反撃しまい。
玄関を出て、庭に止めてあるバンに乗り込めば、こちらのものだ。
コリンは、男のシャツを脱がせた。
男が、コリンの服を脱がせようとしたが、やんわりとかわし、コリンは男のベルトに手を掛けた。
男は気分が高揚してきた。
体も反応していた。
コリンは男の太腿を、優しく摩りながら、ズボンをゆっくりと下ろした。
「早くしろ。時間がない。」
「もうちょっとだから、待ってて。」
コリンは、下着の上から男の一番敏感な箇所に、手をさっと触れた。
胃がムカムカしてきた。
男は、大事な所を羽でいじられている感触を覚えた。
「こんなの初めてだ。」
ちょっと触れられただけなのに、悦びで体中がゾクゾクしてきた。
男が快楽に浸っている内に、コリンは足を使い、男のガンホルダーを自分の手元に寄せた。
コリンは男のズボンを踝まで下ろした。
この状態なら、男の動きは不自由になる。
コリンはガンホルダーから、銃を抜き取ろうとした。
別の男の気配を感じて、コリンは顔を上げた。
ミーシャがいた。
コリンは急いで、銃を取ろうとした。
ミーシャは、椅子ごと男を倒すと、銃を持ったコリンの手を、力強く踏んづけた。
コリンは息を殺して、痛みに堪えた。
コリンが銃を手放さないので、ミーシャはコリンの顎を蹴った。
コリンは、後ろに倒れ、浴槽の淵に頭をぶつけてしまい、衝撃で手から銃を離してしまった。
「この野郎!騙しやがって!」
床に倒れた男が叫んだ。
ミーシャは、風呂場の明かりを付けた。
パンツ一丁の男の姿が、ぶざまに明かりに照らされた。
ミーシャは、床に落ちている銃を拾い、口から血を流して倒れているコリンを再び蹴った。
男が慌てて服を着ると、仲間を大声で呼んだ。
「こいつ、逃げようとしたぞ!」
男もコリンの腹部に、激しい蹴りを入れた。
1階から同志達が降りてきた。
「どうした。」
「彼、色仕掛けをした。こいつ嵌った。」
ミーシャは拙い英語で、仲間に話した。
「違うぞ!」
男は強く否定した。
ミーシャは男のズボンを指差した。
ズボンに、先程まで興奮していた証が付いていた。
「何してんだ!」
シェインが、男を殴った。
「この野郎!まだ懲りないのか!」
マリオン達が、コリンの全身を蹴った。
「抑えろ。」
シェインが、麻酔薬が入った注射を用意した。
「嫌だ!」
コリンは、4名の男達に押さえられても、必死に抵抗した。
「今は、殺しはしない。寝てもらうだけだ。大人しくしろ!」
シェインがコリンの下腹部を蹴った。
コリンは唸り、体を丸めた。
男達がコリンの体を強く押さえ付けた。
シェインが、コリンの首筋に、注射を打った。
コリンは、首の痛みと共に、徐々に体の力が抜けてきた。
マリオン達は、意識を失ったコリンを再び縛り上げると、浴槽の中に放り込んだ。
「“アリクイ”は、一晩中外を見張っていろ。」
シェインが、コリンの色仕掛けに負けた男を指差して、命じた。
“アリクイ”という仇名で呼ばれた男は肩を落として、外に出た。
「残りの者は、ローテンションを組み直して、こいつを見張る。最初は、俺からだ。」
シェインは見張りの順番を決めて、一人浴室に残った。
明け方近くなり、ミーシャが見張りをする番になった。
浴槽を覗いた。
体を縛られたコリンが横たわっていた。
蹴られたせいで、顎がずれ、口が完全に閉じられなかった。
薬が少し切れたせいか、コリンは目を半分開けた。
ミーシャを見ると、コリンは睨んだ。
『こいつ、睨んでいるのに、どうしてこんなに色気が出るんだ。』
場数を踏んでいるミーシャだが、少し後退りしてしまった。
「こいつが欲しいと言え。」
背後からシェインが、ミーシャに仏語で話しかけた。
「冗談じゃない。」
ミーシャは怒った。
「じゃあ、転売すると言え。『こいつを買う為に、残りのアメリカドルを全部持ってくる。』と言って、ここを出ろ。」
シェインの思わぬ言葉に、ミーシャは驚きを隠せなかった。
「こいつを誘拐する時もそうだし、さっきもそうだ。戦いの前に自分を抑えられない連中には、到底ブライアンに勝てない。お前は、ここから立ち去れ。他の男達を雇って、ブライアンを叩け。」
仏語は少ししか分からないので、コリンは2人が何を語っているのか、殆ど理解できずにいた。
なにやら深刻そうな話をしているようである。
ブライアンの名前が出ているので、襲撃の計画を練っているのだろうか。
「君は?」
「俺も後から、ここを抜け出す。さっきの事で、もう愛想が尽きた。“老人”以外は役に立たない。秘密結社は、俺が改めて作り直す。もっとましな男達をスカウトする。」
「その前に、俺に協力してくれ。」
「分かった。男達は俺が調達してやるよ。ニック程じゃないが、元刑事だから、裏社会にダチが沢山いるんだ。」
ミーシャが手を差し出すと、シェインは固い握手をした。
シェイン達は浴室を出ると、“老人”に報告した後、1階の居間に同志達を集めた。
「コリンを転売したいので、私にくれ。代金は、現金で君達に支払う。」
仏語で話すミーシャに、シェインが通訳した。
シェインは、ミーシャの希望に異論は無いかと尋ねた。
現金という魔法に掛かった同志達は、誰も反対意見を出さなかった。
「すぐに戻って来る。」と言い残し、ミーシャはバンに乗って出発した。
コリンは浴室で、一人っきりになった。
浴槽の中で、顔を僅かに動かしただけで、激しい痛みが全身から出てくる。
鼻が折れ、鼻血が固まり、鼻で息が出来ない。
口でしか息が出来ないのに、深く息をすると、肋骨が折れているために胸が痛む。
肩で息をしている状態であった。
顎は蹴られてから、完全に閉まらなくなり、口の中がカラカラに乾いている。
「くっそ、このまま売られてなるものか。」
コリンは誰もいないので、体をばたつかせ、痛みに耐えながらも、後ろ手に縛った縄を解こうとしていた。
浴室の外から、男の声が聞こえてきた。
『五感を研ぎ澄ませて、この世界を見るんだ。』
イサオが以前語った言葉が、コリンの頭の中で蘇った。
コリンは耳を澄ませ、男の会話を聞いた。
「夜勤のあとは、日勤なんだ。休んだ奴の代わりをするんだ。断れないよ。俺だって、産休に入るし。休憩時間も終わりだから切るね。愛しているよ。」
『この男には、妊娠中の女房がいるのか。』
コリンは声から、男の家庭事情を汲み取った。
携帯を閉じる音がすると、若い男が浴室に入って来た。
先程、コリンを押さえ付けていた男の一人であった。
手に大きなバックを持っていた。
若い男は、バックを空けると、中から工具、目覚まし時計、そして配線を取り出した。
コリンはそっと浴槽から顔を出すと、チャックの開いたバックの中に火薬が入っていたのを見付けた。
『俺に爆弾を付けるのか。』
コリンは血が上り、頭の傷が再び痛み出した。
『俺が傷だらけで売り物にならないから、今度はブライアン諸共殺す気か。』
コリンは浴槽から飛び出し、若い男に体当たりをしたかった。
だが、睡眠薬がまだ体内に残っており、コリンは思う様に体を動かす事が出来なかった。
重い鎧を着させられている感じであった。
浴槽内でばたつかせていると、若い男が浴槽内に顔を覘かせた。
金髪を短く刈り上げ、顔立ちはまだ子供っぽさが残っていた。
若い男は碧い瞳でコリンを見ると、「落ち着いて。」 コリンに小声で宥めた。
「このままだと、シェインに又薬を打たれるから、大人しくしてくれ。お願いだ。静かにしていれば、君には危害を加えないから。」
「本当だな。」
若い男は「そうだ。」と言って、大きく頷いた。
コリンは本能的に、この男は信用できると判断した。
「戻るけど、一つ頼みがある。」
「何だ?」
「トイレに行きたい。」
男は少し悩んだ末、銃をコリンに突き付けると、浴室内のトイレに誘導した。
シェインが浴室に入って来た。
“エケベリア”という仇名の同志が、手を何度も洗っていた。