イサオと猛が狙われてから、5日経ったものの、新たな襲撃は起きなかった。
この日、ブライアンは朝早くから、ニックのペットのロボが滞在しているペット・ホテルの前を張り込んでいた。
契約では、この日までである。
きっと、ニックが来ると思っていた。
新しい病院に、イサオは慣れ、リハビリに打ち込んでいた。
サラと猛、コリンとデイビットは、引き続き交代でイサオに付き添っていた。
周囲も落ち着きを取り戻していた。
この日の夕方、FBI捜査官2名とマイアミ署の刑事1名が、イサオの病室にやってきた。
刑事が、コリンを見て確認した。
「コリン・マイケルズさんですね。」
「はい、そうです。」
「マイケルズさんに、事情をお聞きしたくて参りました。」
「俺ですか?」
イサオは感じていた。
『いつもと気配が違う。殺気が漂っている。何故だ?』
「貴方方を撃った刑事の件について、もう一度お聞きしたいのです。今、秘密結社について、洗い出している所でしてね。署までお願いします。」
コリンは従った。
「分かりました。デイビット、イサオ、後で連絡するよ。」
刑事1人が前に、FBI捜査官2人がコリンの後ろに付いた。
刑事達に威圧感があった。
「これはお預かりします。」
FBI捜査官が、コリンの腰に隠していたベレッタM92FSを、サッと取り上げた。
「はっ、はい。」
コリンは、FBI捜査官の前に、言う通りにする他なかった。
その瞬間、邪悪な気配を、イサオは病室で感じ取った。
「しまった!コリンが危ない!」
イサオは杖を突きながら、覚束ない足で、病室を出ようとした。
デイビットが、「俺が見てくる。」と言って、病室を飛び出し、廊下を出た。
丁度、コリンとFBI捜査官が奥のエレベーターホールに着いた。
刑事が、下のボタンを押した。
デイビットは、廊下を小走りしていた。
廊下の中央にあるエレベーターホールに着いたが、コリンは見当たらなかった。
「もう、エレベーターに乗ったのか?」
後ろから、イサオが杖をついて追ってきた。
「奥だ!急いでくれ!」
デイビットは職員を避けて、廊下を走った。
4基ある内の1基がコリンのいる最上階に止まった。
エレベーターのドアが開くと、誰もいなかった。
『こりゃ都合が良い。』
コリンの後ろにいたFBI捜査官の一人がニヤリとした。
刑事に続いて、コリンとFBI捜査官達が乗った。
コリンは奥に進んだ。
ドアが閉まる瞬間であった。
コリンの前にいたFBI捜査官が、いきなり振り返り、押収したベレッタM92FSの弾倉で、コリンの頭に目掛けていきなり殴りつけた。
血が壁や天井に飛び散った。
激痛の余り、コリンはエレベーターの床に倒れた。
エレベーターホールに駆け込んだデイビットが、目撃した。
「お前ら、何している!待て!」
ドアは無常にも閉まってしまった。
デイビットは、外のドアを強く叩いたが、エレベーターは動いてしまった。
「馬鹿!アジトに着くまで待てんのか!」
ドアの前にいた刑事が、叫んだ。
「うるさい!こんな女みたいな男に、俺は従兄弟のカルキンを殺されたんだぞ!我慢できるか!」
FBI捜査官に変装したマリオンが、コリンの顔を思いっきり蹴った。
銃で頭を打たれて意識を失くしたコリンは、今度は顔の激痛で目を覚ました。
「畜生!カルキンの仇だ!」
マリオンは、コリンの顔を蹴り続け、コリンは体を丸め、両手で顔を防御するのが精一杯であった。
もう一人のFBI捜査官が、コリンを立たせ、羽交い絞めにした。
マリオンは、コリンの腹を叩き始めた。
「ぐうっ!」
羽交い絞めにされたコリンは抵抗できず、マリオンのパンチをもろに受けてしまった。
顔は血まみれで、鼻が折れたせいか大きく腫れてきた。
途中の階でエレベーターが止まった。
入り口にいた刑事は、舌打ちすると、銃を取り出し、乗ろうとした医師と職員を制した。
「このエレベーターは、貸切だ。」
医師と職員は、エレベーター内で繰り広げられている流血騒ぎに、声も出せず、うろたえるばかりであった。
その頃、デイビットは脇にあった非常階段を駆け下りていた。
途中から、階段の手すりを飛び越え、ジャンプしながら、下の階に降りていった。
彼らが目指すのは、業者が出入りする地下駐車場であると、デイビットは見ていた。
「マリオン、お前のせいで、大事になったぞ!」
刑事はマリオンを険しい顔で見た。
「だから何だ!」
マリオンは叫びながら、コリンへの攻撃の手を緩めなかった。
コリンは、グロッキーな状態になっていた。
頭から血が出て、顔も血まみれ、上半身に痛みが走り、肋骨も折れてしまい、息も浅めになった。
シャツが血で染まっていた。
エレベーターが地下に到着する寸前、コリンを羽交い絞めにした男は、コリンを離した。
コリンは床に崩れ落ちた。
男はポケットからスタンガンを取り出すと、コリンの腹にそれを押し付けた。
強い電流が体中を駆け抜け、コリンは再び気を失った。
ドアが開くと、刑事は銃を持って辺りを警戒した。
地下に到着したデイビットだが、非常階段の扉が非常に重くて、開けられなかった。
事前に、秘密結社の男が扉が開かないよう細工をしていた。
刑事に続いて、マリオンと秘密結社の男が、コリン両脇を抱えて出てきた。
目の前に止まっているバンの後ろに、コリンを放り込むと、3人の男達は急いで乗り込んだ。
バンは急発進した。
扉の向こうで、タイヤがこすれる音がけたたましく聞こえ、デイビットは何度も扉に体当たりした。
「コリン!コリン!」
半狂乱になり、名を何度も叫んだ。
イサオは、地下駐車場の出入り口が見える場所にいた。
窓から目を凝らし、バンのナンバー、車種、色を覚え、急いで警察に通報した。
知らせを聞き、ブライアンが、病院に急行した。
病室では、デイビットがうな垂れ、イサオが慰めていた。
エレベーター内のコリンの様子を、目撃した医師と職員から話を聞き、デイビットは激憤していた。
「コリン、可愛そうに。3人の男達に、リンチを受けていたなんて。あいつらの首をへし折ってやる!」
デイビットから、その話を聞き、ブライアンは怒りで顔を赤くした。
「何てこった!奴らは、俺達を苦しめる為に、コリンを誘拐し、暴行を加えるとは。絶対に許せん!」
「ここの階を警備していた警官達は、変装したFBI捜査官に騙され、1階の詰め所に移動させられていた。俺も変だと思っていたのに、コリンが病室を出るのを止められなかった。コリンには辛い思いをさせてしまった。」
イサオは後悔していた。
「変だった?」
「そうなんだ。殺気が漂っていたんだ。」
イサオの通報で、警察はバンを捜した。
空き地で見付かったが、中は空だった。
どうやら車を乗り換えたようだ。
非常線を張り、検問したが、夜になっても怪しい車はまだ発見されていない。
警察から、その情報を聞き、皆沈痛な面持ちでいた。
ブライアンは、iPhoneを取り出すと、ジュリアンに連絡をした。
「ブライアンさん。ニックに会いましたか?私も、さっき問い合わせしました。そうしたら、ニックの奴、夕方に来て、5日間の延長を申し込んだそうです。」
「夕方?私が知らせを受けて、そのペット・ホテルから離れた時間だ。」
「何のお知らせですか?」
「コリンが、FBI捜査官に化けた秘密結社の男達に、誘拐されたとの知らせだ。」
ジュリアンは驚愕した。
「今度は、コリンを誘拐した?!きっと連中は、コリンを餌に、貴方やイサオさんを誘き出すつもりです。卑劣な連中です。」
「急いで、探してくれ。コリンは怪我を負っている。」
切って間もなく、ブライアンのiPhoneが鳴った。
着信は公衆電話。
病室に緊張が走った。
ブライアンは、iPhoneに出た。
「やあ、ブライアンさん。貴方の大事な弟さんを預かっています。現金100万ドルを用意してくれれば、お返ししてもいいですよ。」
「よかろう。」
「取引は成立ですね。そうそう、警察には決して言わないように。追って、受渡し場所は連絡します。」
「その前に、コリンの声が聞きたい。」
「それも、後ほど。」
電話は切られた。
「何と言ってきた?」
デイビットが聞いた。
「100万ドルを用意しろと。それだけ言って切った。コリンの声も聞かせてくれなかった。」
犯人の真の要求は、現金では無いことを、皆は熟知していた。
目当ては、ブライアンとイサオである。
秘密結社は、2人を襲撃したが失敗した。
今度は、コリンを餌にして、自分達の所へ2人を誘き寄せる算段であろう。
「現金の用意をしてくる。」
「俺も準備する。」
「僕も手伝う。」
デイビットとイサオが、協力を申し出た。
「私は、セレブ御用達のボディガードだ。潤沢な蓄えがある。心配するな。直ぐに戻る。」
ブライアンは丁重に断り、病室を出た。
ブライアンは、スイス銀行の重役に連絡をした。
重役は、臨時に銀行を開けてくれると言ってくれた。
銀行へ、ベンツS HYBRIDを走らせながら、ブライアンは考えた。
この日迄、ニックはペット・ホテルで、愛犬のロボを預けている。
ニックに会えるかと思い、自分はペット・ホテルに張り込んでいた。
その夕方、コリンが誘拐された。
自分がその知らせを聞いて、急いで病院へ向かった頃、ニックがペット・ホテルに現れた。
もしかして、自分はニックに謀られのではないかと思った。
ニックは、病院を通りを挟んだ所から見ていた。
この日迄、ペット・ホテルを利用したのは、ブライアンを引き付ける為であった。
万が一、病院に彼がいたら、計画は台無しになるのだ。
ブライアンは、イサオの事件で、FBIと蜜に連絡を取り合っていた。
秘密結社の人間が、FBIを名乗っても、直ぐにばれてしまう。
狙い通り、ブライアンはペット・ホテルに釘付けとなり、仲間達は計画を成功させた。
後は、自分の計略を実行に移すだけだ。
イサオは病室の窓から外を見た。
あの男の気配を、感じたからだ。
しかし、何処見てもあの男を、見付ける事が出来なかった。
『どうか、コリンを守って欲しい。』
イサオは心の中で、男に頼んだ。
デイビットは気付いた。
「イサオ、さっきから外を見ているが、誰かいるのか?」
イサオは冷静を装った。
「誰もいないよ。コリンの無事を祈っていたんだ。」