隼の次女が留学しているモントリオールで、隼が忍術を披露すると知った猛は、隼に止めるように説得していた。
隼は拒否していた。
コリンが、恐る恐る2人に近付いた。
隼がコリンに気が付いた。
「忍術のことで揉めてね。」
「何が揉めてだ。忍術はあれ程、一族の者には公開してはならないと、教えているのに。お前は、昔から自分勝手に動いているぞ。これからの事もそうだ。お前は自分を見世物にする気か。」
「これだけ、世界中に姿を晒しているのに、何を今更。見世物なら、とことんまで見せないと。」
「お前は、平気で一族の教えを破る。とんでもない男だ。あの時もそうだ。」
「隼さん、前に一族以外の人に教えていたのですか?」
コリンは隼に聞いた。
「教えた程ではないよ。私が高校生の時、学校の近所で痴漢が出没していた。担任の先生は、一度痴漢に体を触られそうになり、とても怖がっていた。心配した私は、担任に簡単な護身術を教えたんだ。そのお陰で、先生は痴漢を撃退できた。しかし、それを知った親父は、俺をボコボコにした。」
「隼さんは、先生を救っただけなのに。」
そうまでして家訓を守る必要があるのかと、コリンには猛の気持ちを理解できなかった。
猛が言った。
「女教師だぞ。それも20代後半の。」
コリンはびっくりした。
隼には一体どんな過去があるのか、頭の中で色々と想像してしまった。
隼が冷たく笑った。
「馬鹿馬鹿しい。女教師と言うがな、教師は教師だ。俺は何にも邪念を抱いていない。親父のせいで、先生は責任を感じて、別の学校に移ったんだ。」
「向こうの目は、お前を生徒として見ていなかったぞ。私の目は節穴じゃない。」
「話が反れているぞ。コリンに誤解を与えるな。」
コリンは、隼の過去の傷を知ったものの、猛との間に立ち、どうしていいのか分からなかった。
「忍術は俺達の代で終わる。そんな事は、親父だってとっくに分かっているくせに。廃るものに、そうまでして守ろうとするんだ。現代には全く通用しないものに。愚かだ。」
「先祖伝来の教えに対して、何を言う!」
猛は怒りを抑えることが出来ず、隼を殴ろうとした。
隼は、素早く猛の手をかわすと、猛の胸を掴んだ。
ズバン!
という大きな音と共に、猛の体は勢いよく倒れた。
直ぐに起き上がろうとした猛の喉元寸前に、隼は2本指を当てた。
「親父、年取ったな。」
隼は同情の眼差しで、父親を見た。
「やめて下さい!」
コリンが、猛と隼の前に立ち塞がった。
猛はコリンの手を借りて、起き上がった。
「先祖伝来と言っても、家の男子しか見せてはいけないこの教えは、廃止すべきだ。誰にも知られず活動するのが、優秀な忍者だと、私にも分かる。しかし、この現代社会では、アピールしなければ、優秀な人物と見なされないんだ。」
隼は屋上から去った。
「隼の言う通り、我が家の忍術は、子供の代で終わります。だからこそ、誰にも悟られる事無く、静かに閉じたかった。草木が枯れ、土に返るように。」
猛はコリンに胸の内を明かした。
隼に倒されたせいか、猛の足取りは弱々しくなった。
コリンは猛を支え、屋上の階段を下りた。
物陰で、隼と猛の諍いを見ていた、秘密結社の同志は肝を冷やしていた。
『隼が猛を倒した!隼がいたら、えらいことになっていた。奴が去ってから、計画を実行する判断は正解だ。』
屋上を出て、暫く歩くと、猛は何時もの猛に戻っていた。
「この件は秘密にします。」
「いや、気にしなくて良い。どうせ、隼は勲に打ち明けるでしょうから、その前に私から話します。済まないが、今日はここで失礼する。」
猛がコリンに言った。
病室へ、コリンは一人で戻った。
「どうした。遅かったじゃないか。」
デイビットが心配した。
「今日は、隼さんは来ないよ。」
コリンは目を伏せて言った。
「そうか。分かった。」
イサオは何も聞かず、優しくコリンに返事をした。