前回 、 目次 、 登場人物

アーサーからの紹介で、ダーツバーへ店を変えたコリン達は、初めは酒を酌み交すだけだった。


ハードダーツのボートが一つ空き、青戸隼はそこを借りた。


「面白いものを見せてあげるよ。」


隼は、ダーツを3本の指で持つと、投げた矢の全てを真ん中のダブルブルに命中させた。


「凄いや。」

コリンは言った。


「次は20のシングルと、16のトリプルリングだ。」


指名した場所へ、隼はダーツを命中させた。


「ダーツがお得意なんですね。」


「手裏剣を投げ打っていたから、これ位はお茶の子さいさいだよ。」

隼は笑って言った。


「君に教えてあげるといったのは、これなんだよ。この投げ打ち方を学べば、手裏剣にも応用出来るからね。」


隼は手裏剣の打ち方を、コリンに教え様としていたのだ。


まるで実の息子に教えるかの如く、隼はコリンにダーツの持ち方を教えた。



「うちでは、親指、人差し指、中指だけを使うんだよ。物を使って投げ付ける時や、塀を登ると時もそうだ。」


「イサオが3本の指で懸垂していたのを、見たことがあります。常に3本の指を鍛えているのですね。」


「君、イサオと同じジムにいたの?」


コリンはドキンとした。


シアトルの金持ちの家で見たとは、口が裂けても云えなかった。


「いえ、昔イサオがトレーニングをしている所を見たことがあったのです。場所は忘れました。こう矢を持てばいいのですね。」


次に、隼はコリンに腕の振るい方を教えた。

腕を上から大きく振い、打つ瞬間に手首を返し、回転をつける。


「こう投げるのですか。」


コリンは、ダーツを投げた。

シングルブル(中心にある二重の円)の脇に当たった。


「ほしいな。」


「コリン、ダーツは投げると言うが、手裏剣の場合は『打つ』と言うんだ。」


「『打つ』ですか。」


「手裏剣は、忍者だけじゃない、武士も学んでいたものだ。忍者は、手裏剣を護身用として、何時も携帯していた。起源は諸説あって、中国の投擲(とうてき)武術から来たものとも言われている。相手を傷つけ、戦闘能力を削ぐのが目的で使用した。 だから、別名が削闘剣(さくとうけん)と謂われているんだ。」


隼は、コリンに手裏剣に関して説明した。


コリンと隼は、他の客の視線を感じていたが、気にしなかった。

客達の中に、秘密結社の人間がいたとは、2人は気付く事は無かった。


秘密結社の人間は、客の振りして、コリンを見ていた。


「彼が言っていた。あいつ、シンメトリーだ。」


「何だ、それ。」


「顔が左右対称な事だよ。真っ直ぐな眉、大きな茶色の目、ほぼ直線的な鼻、それに引き締まった薄い唇の形、どの部位も左右ずれがない。」


「言われてみればそうだな。」


カウンターで2人を見ていたデイビットは、後ろの小声での会話を聞き、さり気なく飲み物を頼む振りをして、声の主を見た。


若くて、目付きの鋭い男2人が、ダーツの方向を見て、カウンター近くのテーブルで立ち飲みしていた。

デイビットは、気になった。


デイビットの携帯が鳴った。

ブライアンからの着信だったので、「失礼。」と言って、ダーツバーを出た。


「ニューヨークで、麻薬所持で捕まった非番の警官が、喋ったんだ。『自分は、ニューヨークの秘密結社の一員。』だとね。司法取引を持ち出して、秘密結社について話す代わりに、罪を減刑してくれと申し出た。FBIは検事と相談した結果、その警官の取引に応じることにした。」


「マイアミの事は、何か言っていないのか?」


「その警官、秘密結社のリーダーと親しかったそうだ。彼から、ウェルバーの話は聞いていたと証言した。今の所は、それだけだ。ニューヨークのリーダーが行方不明になった後、ウェルバーの使いとして“老人”と呼ばれる同志が現れて、彼等に秘密結社の解散を命じたそうだ。」


「“老人”がとうとう出てきたな。」


「見た目も、初老の男だったそうだ。FBIがモンタージュを作成中だ。」




デイビットが店を出たのを見計らって、青戸隼がコリンに頼んだ。


「ほっぺを、触らせてもらえないか。」


コリンはびっくりした。


「どうしてですか?」


「イサオが話してくれたんだ。意識を失っている時、たった一つ覚えていることがあった。それは、君の頬に触れた感触があったと。」


「イサオ・・・。」


確かに、イサオが意識不明の時に、コリンは14歳の時を思い出し、自分の頬をイサオの手に触れさせていた。


イサオは、それだけを覚えてくれた。

コリンはたまらなく嬉しかった。


「イサオと知り合って間もなくの頃でした。落ち込んでいた10代の俺に、イサオは俺の頬を両手をポンポンと軽く叩いてくれたんです。お婆さんから受け継がれた、青戸家の気合の入れ方だと言って。俺は、それで元気を取り戻したのです。イサオが意識を失った時、その事を思い出して、俺は自分の頬をイサオの手に当てたのです。」


「懐かしいな。私も、祖母によく気合を入れてもらったよ。」


コリンは、隼の手を自分の頬に触れさせた。


「流石はお兄さんだ。イサオの手の感触ととても似ていますね。節々はゴツゴツとしていますが、指先はとても柔らかい。」


隼は、ポンポンと優しくコリンの頬を両手で叩いた。


「君の頬も柔らかいね。」




程無くして、デイビットがダーツバーに戻ってきた。


目付きの鋭い男2人は、離れた所にあるソフトボードで、ダーツを楽しんでいた。


『気にし過ぎたか。』

デイビットは、それから男2人に視線を向ける事はしなかった。


再び、デイビットは、コリンと隼へ目を向けた。


青戸隼がコリンに、手取り足取り教えていた。


まるで、本当の親子の様に見えた。

デイビットは微笑ましく思えた。


暫くして、コリンは席を立った。

隼が、側で酒を飲んでいたデイビットに近付いて、話し掛けた。


「コリンみたいな息子が欲しかったな。色々と教えたかった。」


「息子は自立したら、実家には殆ど帰らないといいますよ。」


「君はどうだ?ご両親はご健在か?」


「俺は天涯孤独です。親の顔を知らずに育ちました。」


「それは済まない。」


「気にしないで下さい。今まで俺は、一人で暮らすのは平気でした。コリンと付き合ってから、孤独を知りました。それと同時に、家族の有難みも教えてくれました。」


「そうか。イサオもコリンと出会って、父と向き合えるようになったと言っていたな。」


「イサオがですか?」


「そうだ。父はイサオが米国に行くのを反対したんだ。それで、私が援助して、イサオは米国の大学に留学し、向こうで看護師の資格を取って、サラと結婚したんだ。イサオは米国に行ってから、親父とは絶縁状態だった。」


「それは知りませんでした。」


「イサオは、何も言っていないのか。」


隼は、一口水割りを飲んだ。


「もう17年位前になるかな。家族の為に必死にバイトをしていた、10代のコリンの姿に打たれて、イサオは数年振りに親父に連絡したんだ。その年の暮れに、サラを連れて里帰りをしたんだ。親父もようやく理解して、2人は和解したんだ。コリンという子は、不思議な力を持っているね。イサオや君に、人の繋がりの大切さを教えているのだからね。」


あの出来事では、コリンはイサオに助けられただけでは無かった。

コリンも、イサオを助けていた。


「そうですね。コリンのお陰で、俺は人と接する事が出来る様になりましたから。」


コリンが戻ってきた。


「何を話していたんだい?」

コリンがデイビットに聞いた。


「コリンの様な息子が欲しかったと、隼さんが言っていたんだ。」


コリンは照れた。


「そうだよ。さて、続きを教えよう。」


隼は、コリンをハードボードの前に立たせ、ダーツの投げ方を再び教えた。

コリンは、徐々に腕を上げた。



夜が更けた頃、お開きとなった。


コリン達は、隼を宿泊しているホテルへ送った。


ロビーでの帰り際、隼が衝撃的な告白をした。


「実は、警視庁を辞めたんだ。」


コリンとデイビットは、隼の突然の告白に驚いた。


「前から、考えていた事だった。イサオだけには、話していた。権力争いに負けてね。本当は4月に閑職に移動する筈だったんだ。しかし、親父の映像を見た上司が、4月から俺を警察学校の教官になれと言ってきたんだ。急な話の上に、校長じゃなくて、教官だよ。俺のプライドが許さなかった。だから、辞表を叩き付けたんだ。」


「じゃあ、これからは?」


「白紙だよ。妻には、辞めてから話した。もの凄く怒られてしまったね。忍術の事もあるし、何も話さない私に、妻は不信感を持っているようだ。」


奥さんが実家に帰ったのは、隼との事もあったのだと、コリンは察した。


「モントリオールにいる次女の桃子だけは、『お父さんの好きにすれば良いよ。』と言ってくれた。不思議だね。日本にいた頃は、そんな仲も良くなかったのに、離れてから、一番私の行動を支持してくれる。」


日本にいた隼は、孤独であった。


「数日後には、モントリオールで桃子と会い、その大学院で、忍術を披露する事になっているんだ。私が忍術を見せる事で、桃子の株が上がれば、父親としてこの上ない喜びだ。」


隼は、コリンを見て微笑んだ。


「コリンに忍術を教える事が出来て、嬉しかった。君とダーツを投げ打っていて、力が蘇ってきた。気持ちが、前向きになれたよ。デイビットもお付き合いしてくれて、有難う。」


隼は2人は握手して、エレベーターに乗り込んだ。


コリンとデイビットは、無言で駐車場へ戻った。


隼の告白で、コリンとデイビットは、後ろに気を配ることが出来なかった。

3人の後ろを、2人の若い男が尾行していたのだ。


「ニンジャの兄貴は、もうじきここを発つ。」


「そうなれば、俺達も動きやすくなる。」


「隼の忍術を、見たかったな。」


「馬鹿野郎。猛ので十分じゃないか。あんな奴がもう一人いたら、俺達が困る。」


「冗談だよ。本気にするな。シェインに連絡しよう。」


「あいつめ。覚えていろ。地獄を味わせてやる。」


男の一人はコリンを睨んだ。

この男こそ、コリンによって射殺された秘密結社の一員・カルキンの従兄弟・マリオンであった。

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