アルベルト・ウェルバーは、この日の夜に、同志達を集結し、ルドルフ達の企みを潰そうとした。
今は、内輪もめしている場合では無い。
ウェルバーは、昨夜ニューヨークで一人の非番の警官が、麻薬所持で逮捕された事を聞き、益々苛立ちを覚えていた。
その男は、“老人”が消した筈の秘密結社の同志だったからである。
飼い犬に手を噛まれた気分になった。
『ルドルフもアイツも、絞らねば。きっと、あいつらは裏で手を組んでいる。』
ウェルバーは、怒りに震えていた。
『イサオの騒動が落ち着いたら、あの2人には退場してもらうしかない。』
ウェルバーはそこまで考えるようになった。
逮捕された同志から、ニューヨークの秘密結社の事が漏れるのは必定であった。
こちらには、FBIの手が及ばないと思うが、この一件で余計に身動きが取れなくなった。
それにしても、早めに来ると言っていた年配の同志達がやって来ない。
『おかしい。』
ウェルバーは、年配の同志達に連絡したが、捕まったのは1人だけだった。
「何言っているのですか?貴方、さっき私に連絡して、今夜は中止と言っていたじゃありませんか。」
ウェルバーは大変に驚き、シカゴの同志達の件を思い出した。
「あの時も、ワシの命令だと言って、連中はこっちへ来た。もしかして、今回も?」
その時、一人の男がウェルバーの家にノックもせずに、入って来た。
“老人”だった。
「お前だけか?」
“老人”は「ええ。」とだけ答えた。
ウェルバーの握っている受話器から、年配の同志の声が切れた。
「おいっ、どうした?!」
「今頃は、ルドルフについた同志達が、彼を黙らせている所です。」
「ぐえっ!」
ウェルバーの右手から、受話器が落ち、血が滴り落ちた。
右手には、鉛筆が刺さっていた。
全てを悟った。
「お前なのか!!」
ウェルバーは右手を押さえ、叫んだ。
「しゃべり方の癖を真似るのに、大変苦労した。何しろ、貴方の声はとても高く、クセがあったからな。」
“老人”はウェルバーの声で話した。
完璧に収得していた。
“老人”は地声に戻し、無表情でアルベルトに近付いた。
「この時を待っていた。ずっとな。」
「この、裏切り者めがーっ!!!」
ウェルバーは大声で叫んだ。
=====
早朝、ブライアンから、デイビットの携帯に連絡が入った。
隣でコリンは、うつ伏せで寝ていた。
この姿勢で寝ているのは、熟睡している証拠である。
ブライアンは、コリンを起こさない様にベットからそっと抜け出すと、バスルームへ移動した。
「たった今、FBIの友人から連絡が入ったんだ。聞いてくれ。あの薬剤師が、また尻尾を出した。それも、リーダーと他のメンバーが分かったんだ。」
「本当か?“老人”がリーダーじゃなかったのか?」
「違っていたんだ。薬剤師が、以前と違う場所の公衆電話に掛けた時さ。昨日の昼過ぎだ。“置時計”という仇名と、話をしていたんだ。“置時計”は、紫陽花の仇名を持つ薬剤師を叱っていた。裏切ったとかね。薬剤師は、言い訳に終始した。長い間話をしていた。話し方からして、“置時計”がリーダーだと、FBIは判断した。」
「逆探知に、成功したんだな。」
「その通り!“置時計”の正体は、元刑事だった。名前は、アルベルト・ウェルバー。オーストリアからの移民で、現役の頃は、とても優秀で、刑事の見本と言われた人物だ。とっくの昔に引退してるが、今でも後輩の刑事達の相談相手もしている。歳は70代。独身を貫いている。甥のルドルフ・ブラウンの事を実子の様に可愛がっていて、彼も警官だ。」
大分前に、マックス刑事が言っていたオーストリア出身の元刑事とは、彼の事かも知れないと、デイビットの勘が疼いた。
「じゃあ、甥のルドルフ・ブラウンも、秘密結社のメンバーか。」
「その可能性が高い。ルドルフは、毎日の様に伯父のアルベルトの家を訪問しているからな。」
「リーダーの“置時計”の下に、甥と、“紫陽花”に、“老人”か。徐々に壁が崩れてきたぞ。」
「“置時計”と“紫陽花”の会話から推察すると、秘密結社の中は不協和音が生じている。内部から、崩壊する可能性が高い。」
話の最後に、デイビットはブライアンを誘った。
「今度、2人で酒を飲まないか。」
「2人でか?俺はO.Kだ。コリン一人にしていいのか?」
「一度、聞きたいことがあってな。」
「・・・。もしかして、コリンから聞いたのか?23歳の時の話を。本当に、俺達の間には何もないぞ。」
ブライアンは的を外した話をし始めたが、デイビットは最後まで聞く決意をした。
「お前の口から、キチンと聞きたい。コリンが言っていた。『モーションを掛けたことがある。』と。」
てっきり、14歳の時かと思いきや、成人してからの話だったとは。
デイビットは、嫉妬心を必死で抑え、冷静さを保った。
「だから、当時コリンが彼女に振られ、非常に落ち込んでいた。たまたま、何も知らない俺が飲みに誘った。その時に、コリンが、酔って、泣いて、かなりの色気を使って、『忘れさせれくれ。』と迫ってきたんだ。俺にとって、コリンは弟分だし、俺は第一巨乳の女が好きだ。だから、『ぺちゃんこの胸には興味が無い。』と冷たく拒否したんだ。」
「でも、コリンは引き下がらなかった。」
デイビットの駆け引きに、ブライアンは負けた。
「ああ。いきなり、俺を押し倒したんだ。焦ったよ。だから、今度は優しく接し、酒を飲まし、話を聞いてやった。
そうしたら、落ち着いた。最後には、謝罪をしてくれた。それで、俺達の仲は元に戻り、朝まで呑んだ。」
「そうか。コリンと聞いた話と合っているな。」
デイビットの声は、落ち着いているが、殺気が漲っていた。
「いい加減よしてくれ。俺は後悔しているんだ。あの時、誰か紹介すればとね。あの夜から翌週に、コリンはリチャードと出会ったからな。」
「いや、それで良かったんだ。コリンはお前の事を、良い兄貴分だと言っていたぞ。」
コリンがリチャードに誘われなければ、、裏社会に飛び込む事は無かったし、そこでデイビットと会う事も無かった。
デイビットは、冷静さを取り戻した。
「他の件でも、お前と酒を酌み交わして、話をしたい。」
デイビットの声が落ち着いてきたので、ブライアンは心が安らいだ。
「分かった。場所、日時は、そっちで決めてくれ。」
ブライアンは、携帯を切った。
デイビットは、コリンはまだ自分に隠している事があるのではと、一瞬疑念を抱いた。
「だから何だ。」と自分に言い聞かせ、疑念を掃った。
「俺だって、コリンに全ての過去は話していない。俺は、全てをひっくるめてコリンを愛しいと思っている。過去があるから、今のコリンがある。今が大事だ。お互いが最高の理解者であり、思い遣り、支えあって生きていければ、それで良い。」
デイビットはもう一度、意志を固めた。
バスルームの外から、「デイビット、出かけたの?」コリンの呼ぶ声が聞こえた。
「ここだよ。」
デイビットが、バスルームから出てきた。
ブライアンからの情報を伝えた。
「70代の元刑事が、親玉だったとはね。FBIは、彼を捕まえたの?」
「泳がせている。他のメンバーは、ウェルバーの甥しか分かっていない。他の連中を見つけて、足場を固めてから、FBIは逮捕する算段だ。」
デイビットは、コリンの寝癖で乱れた髪を整えながら、尋ねた。
「ジュリアンから、連絡は来たか。」
「まだなんだ。早く連絡来ないかな。」
デイビットとコリンは、前夜にウェルバーの身に起きた事は何も知らなかった。