まだ、イサオはぼんやりとしているが、回復の道筋が見えてきた。
それに、マスコミが大きく報道しているので、撃った犯人や、助けてくれた人物について、新たな証言が出てくる可能性が高くなる。
イサオが言葉を話せるまでに回復すれば、犯人の証言をしてくれる。
そうすれば、何故イサオが撃たれたのか、真相が見えてくる。
希望が持てた。
コリンとデイビットは、昼過ぎにアパートに戻った。
デイビットはバスルームへ行った。
iPhoneが鳴った。
コリンの母・美賀子からであった。
コリンは出た。
イサオの事件が、全米で報道され、ロスに住む美賀子の耳に入ったのだ。
彼女も、イサオとは数回面識があり、事件を知り、慌ててかけたのだ。
コリンは、今まで話していなかった事を詫び、イサオが意識を取り戻して、回復したことを話した。
美賀子は安心した様子だった。
「お父さんも心配していたのよ。脳血管性認知症だから、情動失禁して大泣きしてしまったの。イサオさんが回復したと教えると、今度は嬉し泣きしそうね。イサオさんのお父様が、ニンジャと新聞に書いてあったわ。それにも、驚いたわ。」
「忍術をおじいさんから、教わっていたらしいよ。」
「新聞によれば、かの有名な服部半蔵の家来の子孫だとか?だから、1人で5人の悪い警官を倒したのね。」
新聞しか読んでいない美賀子は、コリンとデイビットの活躍を知らないでいた。
「あくまで、口伝ではそう教えられているけど、確かなことは分からないそうだ。イサオのご先祖は、戦国時代から明治時代まで、伊賀の里を離れていた。それもあって、地元の人とはあまり交流が無かったと、イサオは言っていたよ。」
「そうなの。昨夜は、イサオさんのお父様のご活躍で、皆がご無事で良かったわ。コリンは怪我はないの?」
「俺は大丈夫だ。その時、サラと車に乗っていたんだ。知り合いの女性を、ボーイフレンドの家まで送っていたんだ。」
コリンは、銃撃戦に巻き込まれた事は隠した。
新聞では、青戸勲への襲撃事件が主に取り上げており、青戸猛があたかも病院で、一人で闘ったように書かれていた。
ジョニー・トンとブライアン・シンプソンへの襲撃事件に関する記事は、数行に留まっていた。
インターネットでは、デイビット達の行動が、ちらほらと取り上げられている。
幸か不幸か、両親はメールや、SNSで友人達とメッセージのやり取りする以外は、余りインターネットを使わなかった。
「サラさんとコリンが無事なら安心したわ。それはそうと、誰かいるの?」
いきなりの質問に、コリンは戸惑った。
「だって、後ろで水の音がするわよ。」
デイビットが、シャワーを浴びていた。
「ああ。連絡が遅れたけど、一緒に住んでいるんだ。この前、話したネットトレーダーの人だよ。この際、話すね。イサオがもう少し、元気になったら、この人の自宅があるアラスカに引っ越すんだ。」
「そうなの。貴方から、優しくて、誠実な方だと聞いているから、問題ないわね。今度、うちに連れてきて。」
コリンは胸を撫で下ろして、iPhoneを切った。
10代の初めに、弟のケビンには、自分がバイセクシャルだとそれとなく話していたが、両親には内緒にしていた。
コリンが18歳の時に、当時交際していた男性と歩いていた所を、両親に目撃されてしまった。
遂にコリンは、「自分はバイセクシャル。」と両親に、カミングアウトした。
母親は、コリンの告白を、すんなり受け入れてくれた。
父親のスティーブンは、当初はコリンの告白に戸惑ったが、何度も話し合いを重ね、次第にコリンのセクシャリティを認めてくれる様になった。
やがて、スティーブンが脳血管性認知症に罹り、家族は父親の病気のことにかかりっきりになり、コリンも余り自分の恋愛に関して話さなくなった。
コリンが裏社会に飛び込んで、大金を貰う機会があったが、その大半を両親への仕送りに回した。
2年前の春に、両親が長年住んだシアトルから、ロスに移住した。
暖かい気候が良いのと、父親の故郷でもあり、病状を考えてのことであった。
堅気に戻った現在、額が少なくなってしまっても、コリンは父親の治療費の仕送りを続けていた。
ロスでも、母親は仕事や父親の看病に忙しく、コリンはデイビットのことで詳しく伝えていなかった。
今回、急な息子の告白にも、母親は動じることなく、受け入れてくれたことに、コリンは深く感謝した。
シャワーから出たデイビットに、母親のことを話した。
「素晴らしい方だ。近い内にお会いしよう。」
デイビットは、コリンを引寄せた。
夕方になった。
2人は、余韻を味わっていた。
ドアのチャイムが鳴った。
「俺が出る。」
デイビットは服を着ると、ドアの覘き穴を見た。
マックス刑事が立っていた。
デイビットはドアを開けた。
「お休みの所だったかな。悪かったね。私用で来たんだ。日を改めて、又来るよ。」
マックス刑事は、デイビットの乱れた金髪を見て、言った。
「いや、ちょっと昼寝していたもので。今は、大丈夫です。お入り下さい。」
コリンも急いで服を着た。
「直ぐに済むからね。」
マックス刑事が、コリンのアパートに入った。
コリンは手ぐしで髪を梳かしたが、まだくしゃくしゃであった。
『悪いタイミングに、来てしまったな。』
マックス刑事は、内心後悔した。
コリンはテーブルの椅子を勧めた。
マックス刑事は腰掛けた。
彼の前に、コリンとデイビットが座った。
「実は、コリンに聞きたいことがあったんだ。」
「何でしょうか。」
「君がシアトルに暮らしていた時、イサオからニックの事を聞いていないか?」
コリンとデイビットには、驚きの質問であった。