病院の外はマスコミ、中では多くの警官がいた。
昨日の襲撃事件に警察官が関わっていたこと、彼等からイサオを守った青戸猛の若い頃の勇姿が、YouTubeに流れたことが、騒ぎを大きくしていた。
青戸猛がニンジャだと、マスコミは派手に報道していた。
そのお陰で、コリンやデイビットの活躍が、世間の目から逸らされていた。
何とか、裏口から入り、病室へ着くと、ドアの前でサラが待っていた。
サラの目が赤く、昨晩から寝ていなかったことが伺えた。
「コリン、私貴方に酷いことを言ってしまったわ。何と謝罪すれば。」
「いいんだ。もう気にしないでよ、サラ。俺の方こそ、怖い思いをさせてしまって、申し訳ないと思う。」
「いいえ。私はコリンに命を救われたのに、『信じられない。』なんて、言ってしまった。心からお詫びするわ。許して頂戴。」
サラはコリンと和解すると、強くハグした。
コリンも、サラをぎゅっと抱きしめた。
「イサオは?」
「意識を取り戻したわ。まだ本調子じゃないけど、短い応答は出来るのよ。」
病室へ入ると、サラの母・ジャックリーン、兄・ルイス、青戸猛、そして、ブライアン・トンプソンが待っていた。
「何処にいたんだ。心配したぞ。」
ブライアンが、コリンの肩を叩いた。
「済まない。イサオが紹介してくれた店で、飲んでいた。」
意識を取り戻したイサオを見た。
何時もの様に、頭と左目を包帯で巻かれているが、酸素マスクは外されていた。
まだ朦朧としていて、怪我していない右目は開いていたが、半開きであった。
「コリンが来たわよ。」
サラが声を掛けた。
「イサオ。コリンだよ。」
コリンはイサオの手を握った。
イサオは答えることは出来なかったものの、コリンを右目でじっと見詰め、握り返してくれた。
以前より、強い力で。
イサオが回復して、コリンの目から大粒の涙がこぼれた。
サラが渡してくれたタオルで、顔を拭いた。
コリンは、ようやく心を落ち着かせることが出来た。
ノックがして、ドアが開いた。
見たこともない刑事2人が入って来た。
「イサオさんの具合は、順調の様ですね。ブライアンさんに用事があって来ました。」
「おや、何時もの方とは違いますね。」
青戸猛が聞いた。
「今日から、我々に交代しました。ブライアンさん、昨夜の件で、お聞きしたい事があります。」
「ブライアンも、昨夜何かあったのか?」
コリンは、ブライアンの身に起きた事は知らなかった。
「昨夜、私は、行きつけのクラブへ行き、VIPルームで飲んでいたら、銃を持った4人組に襲われてね。酔いが回ってきつかったが、辛うじて退治した。何と、そいつ等はマイアミの刑事とニューヨークの刑事だったんだよ。」
「ブライアンも、襲われたのか?!」
コリンは衝撃を受けた。
「今朝、クラブから押収した貴方のボトルから、睡眠薬が検出しましてね。その点も含めて、改めてお聞きしたいのです。お体の方は、大丈夫ですか?念の為に、検査を薦めます。病院に連絡しましょう。」
刑事は、ブライアンの体調を案じた。
「薬を使ったのか。だから、私の体が異常に重たく感じたんだ。今は、大丈夫だ。病院に行く必要は無い。あの連中、クラブにも手を回していたな。コリン、デイビット、後で連絡する。」
ブライアンは席を立ち、刑事達の聴取に応じる為、病室を出た。
コリンも暫くして、さり気なく病室から離れると、廊下を歩き、iPhoneを取り出した。
イサオの兄・青戸隼に連絡した。
隼に、イサオが意識を取り戻したと話すと、隼は喜んだ。
隼が言った。
「親父も無事のようで、何よりです。」
「ご存知でしたか。昨夜の事を。」
「ええ。マイアミ警察から連絡が入りましてね。それにYouTubeを見たでしょう。あれのせいで、私も好奇の目で見られてしまって、本当に困っています。」
「まだ見ていません。8ミリなら、少し見たことがあります。あれって、猛さんが30代の頃で、40年前のものでしょう。何で、隼さんが?」
「私も、ニンジャの子供だからですよ。修行したのかとか、教えてくれとか、方々からうるさく聞かれてね。」
隼は、フッと笑った。
「でも、事件に警察が関わっています。もしかして、復讐を企てているかも知れません。警察は、仲間との繋がりが強いですから。いくら、忍術の心得があるからと言っても、所詮銃には敵いません。親父が自重してくれれば、良いのですかね。コリンも気を付けて。」
コリンは、後ろに気配を感じた。
青戸猛であった。
青戸猛は、コリンからiPhoneを取り上げると、隼と口論した。
「何だ、陰でこそこそと。それも、人を使って。」
「親父のことが心配だったんだ。サラさんに迷惑が掛かると思ったんだよ。その通りになった。あれ程、『忍術を人前で見せるな。』と言いながら、自分は大衆の前で、忍術を晒しているんじゃないか。それも、インターネットにも。世界中が見ているんだ。」
「それは、私のせいじゃない。」
「お陰で、こっちはいい迷惑だ。忍術のことを内緒にしていた女房と娘達からは、白い目で見られるし、世間は好奇の目で見ている。警視庁の中でもだ。俺の立場が無くなったんだぞ。」
青戸猛と隼は口論の末、iPhoneを切った。
「内緒にしていて、申し訳ありません。隼さんを責めないで下さい。病気のことを心配した隼さんからの頼みを、断る事が出来なった、俺の責任です。これだけは、信じてください。猛さんを騙していた訳ではありません。」
「気にしないでくれ。コリン君のせいじゃない。私が君だったら、同じ事をするよ。」
まだ、怒りで、顔が赤くなっていたが、青戸猛はコリンに優しく答えると、iPhoneを返した。
気まずかった。
しかし、病室に戻ると、何時もの穏やかな青戸猛に戻っていた。
「誰が、何の目的で、猛さんの映像を流したのだろう。」
皆が疑問に感じた。
騒ぎを広げ、青戸猛の動きを封じる為なのか。
実際、青戸猛は病院から一歩外を出ると、マスコミが押し寄せるので、もう事件の聞き込みは出来なくなっていた。
サラも同様で、2人は自宅と病院の往復しか動けなくなった。
自宅にいても、マスコミからのインタービューの申込や、多くの人々から「忍術を教えてくれ。」の電話が鳴り響き、落ち着く暇が無かった。
「そもそも、猛さんはどうして忍術を フィルムに残そうとしたのですか?」
イサオから何も聞かされていない、サラの母のジャックリーンが、青戸猛に質問した。
「40年前になりますか。当時の署長に頼まれまして。自分はその時は、巡査長でした。上司の懇願を断れなかったのです。その署長は、国立大学で民俗学を学んでいた方で、各地の赴任先での神話や風習等を収集していました。研究の目的ならばと思い、8ミリフィルムの前に立ったのです。」
青戸猛は、当時を思い返し、恥かしそうに答えた。
『忍術は人前で使ってはならない。』
これは、青戸家の男子のみに伝えられた家訓である。
どういった理由で、青戸猛は家訓を破り、人前で披露することになったのか。
コリンは、ある推論に達した。
『40年前だと、イサオが山道で足を踏み外して、大怪我した時だ。イサオの話だと、お祖父さんの監督責任が問われかけて、当時警官だった猛さんは、お祖父さんを救うべく、関係各所を回ったという。きっと、その時に署長から、便宜を図る代わりに、忍術を撮らせてくれと言われたんだ。』
「その8ミリフィルムが、どうしてイサオの手に渡ったのですか?」
ジャックリーンが、突っ込んだ質問をした。
「私も詳しい経緯は分からないのです。確か、17年前に知り合いが、持ってきたものだと言っていました。私が後から調べました所、マイアミ大で日本史を研究している教授が、署長にコピーを送ってくれと頼んだのです。どうして、その教授がフィルムの存在を知ったのかは、分かりませんでした。そして、フィルムが、どの様な手を経て、イサオの所へ来たのかも不明なのです。」
「あらどうして?」
「イサオは、フィルムを持って来た知り合いの名前を言わんのです。」
サラは知らん振りしていたが、コリンはお見通しであった。
デイビットも同じであった。
イサオは、サラだけには、知人の名前を教えていたようだ。
コリンとデイビットは、病院を出たのは、昼過ぎのことであった。
正面や周りには、マスコミが沢山いた。
2人は、彼らが他所に目を向けている隙に、敷地外に出た。
2人の肌には、軟らかい3月の風が当たっていた。