前回 、 目次 、 登場人物

サラとコリンが、シンディ・チャーを送っている間、青戸猛とデイビットが、イサオの付き添いをしていた。


青戸猛は、息子の勲を見詰めていた。

頭を包帯で巻かれ、酸素マスクされている姿は、父親にとって痛ましかった。


青戸猛は、デイビットの方へ体を向き直した。


「コリン君とは、長いお付き合いなのですか?」


「ええ。1年1ヶ月付き合っていますが、お互い8年前から知っています。」


「それなら、コリン君の事は全てご存知なのですね。」


「ええ。それが何か?」


デイビットは、腹部がキリキリしてきた。

『猛さんは、何かを知っている。』


「単刀直入にお聞きします。コリン君、いや、デイビットさんも、裏社会に足を入れたことがおありですか?」


青戸猛は丁寧だが、率直に自分の疑問を曝け出した。

青戸猛の目は、現役の頃の警官の目をしていた。


「何も、あなた方を追及している訳ではありません。ただの確認です。勲からは、コリン君の話を良く聞いていましたが、話の彼と実際の彼とのギャップが大き過ぎましてね。機敏に拳銃を取り出す仕草から、裏社会の人間だと分かりました。」


「コリンは、既に引退しました。俺もです。」


デイビットは、青戸猛に白状した。


「そうですか。デイビットさんの目が、裏社会の人間の特有のものだと分かっていました。これでも、元は警官です。目を見れば分かります。お二人が元裏社会の人間と知って、かえってホッとしました。」


「どうしてですか?」


青戸猛は姿勢を正した。


「勲の件は、未遂で終わっています。又、犯人が勲を襲うでしょう。ですが、今は状況が違います。裏社会で実戦の経験を積んでいたあなた方が、勲の側にいてくれます。どうか、息子を守って下さい。お願いします。」


青戸猛は頭を下げた。


「やめて下さい。イサオは私にとっても、かけがえのない友人です。友人を守るのは当たり前です。」


「勲は、良い嫁が居て、友達がいる。幸せ者です。」


「猛さん、貴方もおられるじゃないですか。コリンが関心していました。ジョニー・トンを追っかけている時、貴方の走り方が見事だったと。加えて、貴方がジョニー・トンに目を向けている時、背後にいたコリンは銃を取り出そうとしましたが、貴方は、銃を仕舞うようにと諭されたそうですね。後ろにも目があるのかと、コリンは大層驚いていましたよ。」


「私は元警官です。糖尿病持ちですが、体力にはまだ自身があります。それに、コリン君が銃を取り出した時ですが、あれは彼の音を聞いたのです。」


「音ですか?」


「はい。コリン君が、腰の後ろへ手を回した音です。あの位置に手を回すという事は、銃を取り出す位しかありませんからね。まだ、耳も良いんです。」


青戸猛は、はにかみながら答えた。


『昼間の街角の騒音から、コリンの動作を聞き分けるとは、猛さんは尋常ではない聴力をお持ちだ。』


デイビットは、青戸猛はやはりニンジャの血が流れているなと思った。


=====

一旦は、病院の中に侵入した“老人”達一行は、外へ出た。

皆、苛立っていた。


“老人”が、公衆電話から、ボスのアルベルト・ウェルバーの自宅に掛けた。


ワンコールで、アルベルト・ウェルバーが出た。


「配置に付いたのか?」


「いえ、病院にはシカゴの連中が居ましたので、我々は外に出ました。」


「何?シカゴの連中だと?」


「呼んでおられないのですか?」


「呼ぶものか。今回の仕事は、我々とニューヨークの連中のみだ。何故、シカゴの連中がいるんだ。」


アルベルトは、側にいた甥のルドルフに尋ねた。

ルドルフは、「知らないよ。」と首を横に振った。


シカゴの同志が、このマイアミに来ているとは、アルベルトには寝耳に水だった。


「で、シカゴの連中と話はしたのか?」


「はい。彼らは、貴方の指令で、青戸勲の暗殺を命じられたと言っていました。」


「何だと!俺はしらないぞ!誰だ?」


アルベルトの頭に浮かんだのは、青戸勲を撃った犯人であった。


『またしてもアイツが、今回も我々を引っ掻き回そうとしている。』


「直ちに病院へ戻れ。シカゴの連中には、中止と言い、直ぐワシの家に行くように伝えろ。お前らは、手筈通りに動け。」


“老人”は残念そうに答えた。


「もう遅いです。シカゴの連中は動き始めています。」


アルベルトは、大きく舌打ちをした。


「では、地下駐車場に戻って待機していろ。シカゴの連中が事を成すまで待て。終わったら、連中をワシの家に連れて来い。」


指示を出して、電話を切った。


「ルドルフ!ホテルとクラブに配備している連中に連絡を取れ!」


ルドルフは、急いで携帯に連絡したが、出たのはクラブで配置についていた同志達だけであった。

クラブには、ブライアン・トンプソンがいた。


「今回は中止にしよう。」

ルドルフは、アルベルトに提案した。


「駄目だ。依頼人との約束は、反故には出来ない。連中には、『気を付けろ。』とだけ伝えろ。ホテルの連中に、もう一度掛けろ。もしも又、留守電だったら、メッセージを残しておけ。」


ルドルフは、再び携帯を掛けた。



=====


サラ、シンディ、そしてコリンは、ジョニー・トンが滞在しているホテルに着いた。


ジョニー・トンが泊まっているフロアには、警官が2名警護に付いていた。

3人がIDを提示し、ジョニー・トンに会いたいと言ったら、素直に通してくれた。


親戚が用意したホテルなので、ランクは中の上、廊下に手入れが行き届いた観葉植物が置かれていた。


部屋をノックした。

覘き窓から、3人の姿を見て、驚いた表情をしたジョニー・トンがドアを開けた。


シンディ・チャーは、涙が零れそうになった。


「携帯に出なかったから、心配したの。それで、貴方の行方を色々と捜したの。そうしたら、サラさんが、ここへ案内してくれたのよ。」


「携帯は警察に渡したんだ。僕を嘘発見器に掛けた犯人を割り出す為に。運悪く、パソコンが壊れてしまって、誰にも連絡が取れない状態だったんだ。明日になったら、伯父さんが新しい携帯を持ってきてくれる予定なんだ。そうしたら、真っ先に君に連絡しようと思っていたんだ。本当だよ。心配かけて、ご免。」


ジョニー・トンは、シンディ・チャーを抱きしめた。


「5ヶ月も掛かって、ようやくデートに漕ぎ着けたのに、このままお別れなんて寂しいもの。再会できて、良かったわね。これで、私達は帰るわ。」


サラとコリンは、若い二人を残して帰ろうとしたものの、ジョニー・トンが引き止めた。


「どうして、ここにいることが、分かったのですか?」


「ここだけの話だけど、刑事さんから教えてもらったのよ。大丈夫、このホテルのことは、私達しか知らないのよ。」


サラは病院を出る時に、青戸猛とデイビットには、ホテルの名前までは告げていなかった。

サラの話に、ジョニー・トンは安堵の表情を浮かべた。

彼は、サラに驚くべき事実を告げた。


「先程、僕の様子を見に、伯父さんが来てくれました。その時、伯父さんが言っていたのです。青戸猛さんは、本物のニンジャだと。伯父さん、YouTubeで、青戸猛さんの雄姿を見たと言っていました。」


「YouTube?」


サラがキョトンとした顔をした。


「ご存知なかったのですか?僕も今、映像が見れない状態なので、分からないのですが、伯父さんが言うには、青戸猛さんが25人の男達と相手をして倒したと言っていました。凄いですよね。それに、地面を掘った穴から飛び出す訓練とかも見たと。そうだ。手裏剣を投げる映像も見たとも。」


「俺が昔見た8ミリの事かな?それが、YouTubeに流れているの?」



コリンは、18歳の頃、青戸勲の家に泊まったことがあった。

その夜、勲が見せてくれた8ミリ映像には、青戸猛が手裏剣を投げ付けていた。


その時に、勲が語っていた事を思い出した。


「親父は言っている事と、やっている事が違う。『青戸流の忍術は人に見せるな。』とあれだけ言っておきながら、上司の署長に頼まれると、ああやって映像の前に自分の姿を晒す。上司に逆らえないことは、俺も分かっている。それでも、この映像を見ていると何ともやるせない気分になるよ。と、偉そうなことを言っても、やっぱり俺もニンジャの子供だなぁ。ついつい、何かにつけ、このフィルムを見てしまうんだ。」



サラは、YouTubeに義父の姿が写っている事を知り、驚いていた。


「8ミリフィルムは、DVDに焼き直しして、我が家の棚に入れてあるわよ。でもね、それをYouTubeになんてアップしていないわ。誰が、そんな事をしたの?」


その時であった。


プッシュ、プッシュと、サイレンサーの音が2発聞こえ、ドサッ、ドサッと、人が倒れる音がした。


暗殺犯の気配を感じたコリンは、瞬時に腰からベレッタM92FSを取り出し、サラごと床に伏した。

続く