ブライアン・トンプソンは、デイビット・ネルソンを自分が泊まっている高級ホテルの部屋へ案内した。
部屋の奥にあるソファに、デイビットは座った。
「この方が、ゆっくり話せるな。」
ブライアンが、コーヒーをデイビットに渡した。
デイビットは、厳しい顔付きのままでコーヒーを口に付けた。
「お前、昨年のハローウィンでは、随分と暴れたらしいな。」
デイビットがいきなり本題を切り出した。
「ああ。ロシアン・マフィアは、ロンドンでかなりしょっ引かれた。まさか、その残党が、俺の別荘を見つけ出すとは、思いもしなかった。」
ブライアンは、苦い表情をした。
「ハロウィーンで、イサオと2人、俺のカナダ・オンタリオ州の別荘で過ごしていたんだ。サラが仕事でいなくて良かったよ。深夜、ロシアン・マフィアの連中が、急襲を仕掛けたんだ。俺は、イサオをキッチンの地下倉庫に隠し、応戦した。」
ブライアンは、テーブルに置かれたペーパーナイフを見詰めた。
「俺は、順調に敵を倒した。残党だから、意外と弱かった。そこで、油断が生じた。俺は、1人の男に後ろを取られた。その時だった。そいつの利き手に、包丁が突き刺さった。俺は、命を救われたよ。勿論、俺はその男を射殺した。イサオはそいつだけじゃなく、他の男達も素手で倒した。イサオの勇ましい姿を、この時初めて見たよ。」
「で、警察にはブライアン1人がやったと言ったのか?」
「ああ、そうだ。イサオにそう証言してくれとお願いされたんだ。俺の命の恩人には逆らえないよ。イサオは口では、『自分はニンジャの子供。』と言っているが、とんでもない。」
「何で、イサオはそこまで隠すのだろう?」
「先祖伝来の教えだ。『一族の者以外には、忍術を使う事は知られてはいけない。』とね。イサオは頑なに守っているんだ。」
「しかし、1人生かしたのは不味かったな。イサオのことを知られてしまった。」
「そうだ。俺の手落ちだ。俺の蒔いた種で、イサオは頭を撃たれた。」
「やはり、犯人はロシアン・マフィアの生き残りか。」
「後で分かった事だが、襲撃に参加していない、ロシアン・マフィアの残党が数名いた。そいつ等は、警察が気付かれる前に、ヨーロッパの中にある秘密口座から、金を引き出し回っていた。今回の事件では、そいつ等は動いていない。」
「じゃあ、誰が?」
「俺の調べた所では、生き残りは昨年暮れにニューヨークへ渡り、そこでプロを雇った。」
「ニューヨークのプロか。」
デイビットは頭を巡らせた。
「どうも、連中は俺達が知らないプロを雇った。」
「俺達の知らないプロ?裏社会に入ったばかりの若造にか?」
「それが、どうも警官なんだ。」
「警官?」
「ニューヨーク市警に、秘密結社があるらしい。選ばれた警官達が組んで、殺し屋家業をしている様だ。」
「警官が殺し屋?!おかしな世の中になったものだ。」
「ニューヨークの連中が、マイアミで自由に動いている。俺が見た所、マイアミ警察も、同じ様な結社があって、そいつらと組んで、動いていると睨んでいる。今、調べているが、まだ確証が無い。分かったら、直ぐにお前に連絡するよ。本当におかしい世だな。スパイナーのお前と、カウンター・スパイナーの俺が手を組むなんて。」
「そうだな。21世紀になり、変な世になっちまった。」
ブライアンとデイビットは、昔の因縁を思い返していた。
ブライアンは、シークレット・サービスとして働いていた時代、スパイナーから大統領や副大統領を守る、カウンター・スパイナーとして活躍していた。
その時代、スパイナーとして名を馳せていたのが、デイビットであった。
昔、デイビットは副大統領を暗殺しようとして、ブライアンに阻止された過去があった。
その後、副大統領に個人的恨みを持っていた依頼人が恐れをなし、自殺してしまい、事件は闇の中に消えた。
それから数年後、ホワイト・ハウス内で、政府要人が心臓麻痺に見せかけられて暗殺された。
デイビットの仕業であると分かり、ブライアンは彼を追跡しようとしたが、上層部からの圧力で中止に追い込まれ、みすみす逃してしまった。
後に分かった事であるが、殺された政府要人は、当時崩壊寸前のソ連(現在のロシア)のスパイであり、大統領の息子のスキャンダルを掴み、それをソ連に流そうとした為、CIAの依頼を受けたデイビットによって口を永遠に封じられたのだ。
1勝1敗の勝負であった。
「マイアミ警察の事情聴取は、受けたのか?」
デイビットの問いに、ブライアンは肯いた。
「かなり細かいことまで、突っ込まれたよ。」
ブライアンは悩んだ顔をした。
「担当の刑事の1人と似た刑事と、昔に会った事があったんだ。それで、調べてみたら、何とその名前の刑事は40年前に亡くなっていた。」
「奇妙な話だな。どちらの刑事と似ていたんだ?金髪の髭か?それとも白髪の方が?」
「白髪の方だ。俺が会ったのは、17年前。年は30代の若い刑事だった。」
「17年前?シアトルで会ったのか?」
「まあ、そうだ。殺人事件の捜査で、マイアミからシアトルに出張してきた刑事なんだ。白髪の刑事とは顔が良く似ているが、性格は正反対だ。感情豊かな刑事だったよ。俺が捜査に協力したら、お礼だと言って、色々と便宜を図ってくれた良い奴だった。」
ブライアンは、いきなり話を変えた。
「所で、コリンは、元気を取り戻したな。俺にとっても、弟だ。ほっとしている。」
「見ていたんだな。イサオが大分回復してから、コリンも顔色が良くなってきたよ。」
「物陰からね。あの子が14歳の時もそうだったし、23歳の時もそうだった。あの子が、裏社会で有名なリチャードと恋に落ち、裏社会に身を投じた事を知って、俺は動揺したよ。堪え切れず、イサオに打ち明けた。」
「イサオ、知っていたのか。コリンの過去を。」
「全て知っているよ。俺が話してしまったんだ。俺が、コリンを裏社会から戻そうと話した。イサオは、『成人したコリンが決めたことだ。俺は止めない。でも俺は信じている。コリンが足を洗って、又元の生活に戻るのを。だから、俺は待つ。』とね。実際、その通りになった。6年掛かったがね。全く、イサオは肝が据わっているよ。」
デイビットも、イサオの懐の大きさに感心していた。
イサオは何も言わないが、コリンを丸ごと受け入れていた。
まるで、実の兄の様に。
「お前とコリンが付き合っていると、病院の駐車場で分かった時は、心臓が口から出そうになったぞ。コリンは、何時も俺を驚かせる、困った弟だよ。付き合いは昔からか?」
「1年1ヶ月前だ。知り合ったのは、コリンが23歳の時だから、もう8年前になる。リチャードは、俺の友人でもあった。彼に会いに、アジトへ行ったら、コリンが庭で車の整備をしていた。その時は、目の大きな新入りとしか思っていなかった。でも、印象深かった。それから、年に1~2回、リチャードに会いに行った時に、挨拶を交わす位だった。年々、リチャードによって、逞しくなっていくコリンを見ている内に、会うのが楽しみになっていった。」
「惚れたのか?」
「そんなもんかな。その当時は、友人のリチャードの恋人だった。だから、胸に秘めていた。」
「それがどうして、お互い惹かれる様になったんだ?」
「コリンが29歳の秋に全てが変った。もう3年前か。リチャードが殺し屋の影無き男に殺され、コリンも重症を負った。その後、コリンは影無き男を追った。丁度、俺も影無き男も探していた。あれは、一昨年の初夏だ。コリンが影無き男に殺されかけ、足に大怪我をした。俺が助け、看病した。それがきっかけだった。一昨年の8月に、コリンが日本で、影無き男を倒した。俺は、陰からコリンを守るので精一杯だった。」
「じゃあ、コリンが殺人罪で、日本でFBIに捕まったが、直ぐに釈放されたのは、お前の力か。」
「そうだ。俺が弁護士に渡した情報で、コリンは自由の身となり、米国に戻った。それから、連絡はしなかった。」
「どうして?」
「堅気になった、コリンの心を乱したくは無かったんだ。コリンはそれでも、俺のことを覚えてくれて、昨年の1月に、俺を探してくれて、人を介して連絡をくれたんだ。こんなに喜んだ事は、無かった。それからは、お互いを支え合う関係になった。俺の残りの人生は、コリンに捧げる。」
「コリンも、お前と一緒に住むと言っていた。お前も堅気になったし、お互い真剣なら、俺も安心したよ。」
2人は、コーヒーカップで乾杯した。
デイビットが、コリンのアパートに帰ると、コリンは仮眠を取っていた。
寝ぼけ眼でコリンは、デイビットを迎えた。
「どうだった。情報屋と話が出来た?」
「一級品の情報屋に会った。詳しい話は、一休みしてからだ。」
デイビットは、コリンのベットに潜り込んだ。
1時間半後、2人は起き出した。
デイビットは、コリンにブライアンに会った時の話をした。
イサオがコリンの過去を知っている事を除いて。