目次 、 登場人物

マックス刑事の言葉に、サラは固まった。


昨年のハローウィンに、友人・ブライアン・トンプソンの別荘にいた夫・青戸勲が、銃撃戦に巻き込まれたと初めて知ったからだ。


マックス刑事の隣に座っているニック刑事は、無表情の目でサラを見ていた。


「ブライアンさんが、昨年ロンドンの弁護士をボディガードしていました。弁護士は、ロシアン・マフィアの幹部を告訴しましてね。警察も弁護士の訴えで動き、幹部を逮捕しました。連中は報復の為、弁護士を狙っていた。しかし、ブライアンがそれを阻止しました。狙っていた犯人も逮捕され、一段落していました。」


「もしかして、その復讐の為に、彼を襲おうとしていたのですか。」


「そうです。ブライアンの手によって司法に引き渡された犯人の弟が、ロシアン・マフィアの仲間を連れて、ブライアンの別荘を襲撃したそうです。その時、居合わせたのが、ご主人でした。」


「主人は一言も言わなかった・・・。それに怪我一つしていませんでしたわ。」


「犯人達は、一人を除いて、ブライアンが倒しました。ご主人は隠れていたと言うことですが、逮捕された一人が、ご主人がナイフを投げ付けて、仲間の一人を倒したと話しているのですよ。警察は、奴の言うことを信用していませんがね。」


「まさか・・・。」

サラは益々衝撃を受けた。


『友人を大切にするイサオなら、やるかも知れない。いいや、あの大人しいイサオはそんなことは出来ない。第一、人を倒す術をイサオは教えられていない筈よ。いいえ、あのお父さんとお祖父さんから手裏剣を叩き込まれたのよ。ブライアンを助ける為に、ナイフを投げ打ったのだわ。』


サラの頭の中は、混乱してしまった。


「何もご存知ない様ですね。今回、ご主人が撃たれたのは、その報復の可能性が出てきました。捜査は、長期戦になるでしょう。これから、我々はブライアン・トンプソンさんとも会う予定です。」



サラは顔面蒼白のまま、イサオの病室へ戻った。


「どうしたの?嫌なことを聞かれたの?」


コリンが、優しくサラの背中を摩った。

背が高いサラは、小柄なコリンを強く抱きしめた。

まるで、母が息子を抱きしめる感じであった。


サラは、刑事から聞かされた衝撃的な話を打ち開けた。


皆、驚愕した。


「まさか、イサオがそんな大事件に巻き込まれたなんて。信じられないよ。」

コリンは、刑事の話どうしても信じることが出来ずにいた。


「混乱しているわ。イサオったら、何で教えてくれなかったのかしら。」


「サラに心配掛けまいとしたんだよ。」


「そうね。恐らく、話そうとしていたのよ。イサオのことですもの。きっと、私のせいで話すタイミングを逃してしまったのよ。多分。」


「何故?」


「昨年のハローウィンの時、大きな仕事が成功してね。私、自宅に戻ってから興奮して、イサオにずーっとその話をしていたのよ。イサオは、言い出せなかったのね。」


「それにしても、イサオは簡単な護身術しか教わっていないのに、銃を持ったマフィア相手に戦える訳がないよ。弾が飛び交っているのに、ナイフを投げ付けるのは容易なことじゃないからね。」


コリンはそう語ると、青戸猛は一瞬視線を下げた。

デイビットは気になった。

『もしや、猛さんはイサオに忍術の全てを教えていたのではないか。』


「いえ、コリン。簡単な護身術を学んだからこそ、応用が利くかも知れないわよ。友達が襲われそうになったら、イサオなら何かしたと思うの。」


サラが答えた。

サラも何か知っている様子であった。


「目が覚めたら、きっちりと話して貰うわよ。」

サラは、ベットに横たわっている夫に言い渡した。


夜遅くなり、サラと青戸猛は自宅に戻り、コリンとデイビットがイサオの付き添いをしていた。


「俺の知らないイサオは、色んな所で活躍しているんだな。今回は、ブライアンを助けた。それもロシアン・マフィアを相手に。それを自慢しないのが、イサオらしいや。」


コリンは寂しそうに言った。




翌朝、日本にいる青戸隼にも情報が渡っていたらしく、コリンにメールが入った。


「大変なことになった。親父に自重する様にとは言ってある。でも、親父は人の話を聞かないから、心配です。親父の件、宜しく頼みます。」


どんどんと大事になっていく青戸勲襲撃事件に、コリンは成り行きを見守ることしかできず、行き詰まりを感じていた。



デイビットも、袋小路に入った気分になった。


イサオの付き添いした翌日に、元泥棒の情報屋・ジュリアンに接触ようとした。

ジュリアンは、マイアミの郊外に小さなダイナーを経営している。

年は40代で、ふっくらとした顔に髭を生やした男であった。


デイビットは、ジュリアンとは過去に何度か会ったことがあり、彼の誠実な人柄と確かな情報網に信頼を置いていた。


店に入り、ジュリアンと会ったが、にジュリアンが、「失敗したスパイナーとは関わりたくない。」とすげなく言われ、拒否されてしまった。

仕方なく、店を出た。


他も当たったが、どの情報屋からも門前払いを食らわされた。


数年前に、ライバルの殺し屋の“影無き男”から罠を掛けられた。

「仕事に失敗した。」とデマを流され、デイビットは裏社会から追われるように、引退させられていた。


デイビットは、影無き男を殺し、自分の名誉を回復しようとした。

同じ時期、影無き男によって、恋人と仲間を殺されたコリンも彼を追っていた。


その数ヶ月後の一昨年の8月、デイビットが仕留める前に、コリンが影無き男を倒してしまった。

それ故に自分の悪評が、今でも裏社会に蔓延っていた。




「デイビット、どうしたこんな所で?」

3人目の情報屋に断られ、道を歩いていたデイビットは、ブライアン・トンプソンに呼び止められた。


「俺の様な負け犬は来ないでくれと、情報屋に断られたんだ。」


デイビットは、ブライアンに事情を説明した。


「お前さんが負け犬?確かに、お前さんは『仕事に失敗した。』との風評があるが、それが本当だったら、お前さんはこの世にはいない。裏社会が厳しい事は、私が良く知っている。この前、握手した時、お前さんの手の柔らかい感触で、まだ腕は一流だと分かったよ。情報屋に断られたのなら、代わりに私が情報を教えるよ。」


「ブライアンだけには、借りを作りたくは無い。」


「そんなことを言っている場合か。イサオの為だぞ。」


ブライアンは、デイビットを宿にしている高級ホテルへ連れて行った。

続き