コリンは、イサオの兄・青戸隼に毎日メールを送っていた。
それは、糖尿病を患う青戸猛を心配した隼が、コリンに頼んだことであった。
隼とメールでのやり取りをして1週間後の夕方、隼からコリンのiPhoneへ掛かってきた。
「親父の調子は良いみたいで、安心たよ。でもね、コリン。出来れば、親父の行動を教えてくれないか。」
「行動と言っても、イサオの付き添いと病院の往復ですよ。」
「違うだろ。私に気を使ってくれるのは有難いが、ここは正直に話して欲しいんだ。」
隼はお見通しだった。
父・猛が、サラと共にイサオの犯人や助けた男を探し回っていることを。
「いや、多少は歩いていますが、危ない橋を渡っていないですよ。」
「コリン、僕は現役の警視庁の人間だ。階級は、警視長。自慢じゃないけど、上から3番目だよ。マイアミ警察から毎日の様に、親父について質問が来るんだ。」
「えっ、イサオではなくて、猛さんのことで?」
「そうだ。だから、私の業務に支障がきて、困っているんだ。何でも、『逃げる若者を延々と追いかけて、息切れしなかったのは、何か特別な訓練でもしているのかってね。』こんなくだらないことも聞かれれば、『聞き込みをして、警察の仕事の邪魔をしているから何とかしてくれ。』と、聞き捨てならない無い話も出てくるんだ。今日は、上司からお小言を貰ったよ。」
「そんなことまで。隼さんには関係ないのに。」
「親の因果が子に報いてしまうのが、日本の悲しき風習だよ。別に、君に父の行動を見張ってくれとは言わないよ。親父を制して欲しいんだ。君にしか頼めないんだ。何たって、君は腕が立つ。CIAとFBIが追っていた殺し屋を、君一人で仕留めたからね。」
コリンは声が出なかった。
隼は自分の過去を知っている。
あれだけ日本で暴れたから、警察官僚の隼が知らない訳は無いのだが。
「あれは、一昨年の8月か。今は2月。もう、18ヶ月前になるかな。君が殺人罪で逮捕され、司法取引で直ぐに国外退去になったよね。名前を聞いて、びっくりしたよ。イサオが、弟の様に大切にしている君の名前が出てきたからね。」
『も、もしかして、イサオに教えたのか。』コリンの心臓がバクバク鳴っていた。
「私だったら、縁を切る。だが、弟は違う。君を今でも大切にしている。弟は、器が大きい。私には無いものを持っている。」
コリンは拍子抜けした。
隼は、イサオが自分の罪状を知っていると思い込んでいた。
「一昨年の夏に、親父が入院したのは知っているよね。その時に、私とイサオがしょっちゅう連絡を取り合っていた。その時に、弟の口から君の名前がしばしば出ていたんだ。空港で再会した事や、アルバイトをして生活をしているとね。それで、私は君が足を洗ったと思ったんだ。だから、あえて言わなかった。間違いは無いかな。」
「合っています。俺は、あの夏から堅気に戻りました。」
「だからこそ、君にお願いしたい。親父の行動がエスカレートしない様に、親父を守って欲しい。」
「はい。お父さんをお守りします。」
iPhoneを切ったコリンは、力が抜けた。
側で見ていたデイビットに事情を話したら、「無理するなよ。」とコリンを気遣った。
裏社会と縁を切ったのに、蔦が足に絡みつくが如く、過去が自分に纏わり付いてくる。
こういった経緯がある為、コリンはデイビットが裏社会の人間と接触するのを怖がった。
何時、誰に、自分達の過去がバレてしまうのではと、とても不安になった。
特に、イサオとサラには、知られたくは無かった。
コリンとデイビットは病院に到着した。
病院の入り口に警官の姿が見え、イサオの病室のあるフロアには警官が2名配属されていた。
病室では、サラと青戸猛が付き添いをしていた。
「水を含ませたコットンを当てたら、お水を飲む仕草をしてくれたわ。」
サラは満面の笑みで言った。
「イサオ、日に日に良くなっているね。今日も昔の話をしたのかい。」
コリンはイサオを見た。
顔中包帯が巻かれているが、体中の色は良くなっている。
「ええ、勿論よ。今日は、お義父さんから子供時代のお話をして下さったのよ。」
4人は、暫く談笑していた。
その時、病室をノックする音が聞こえた。
「誰かしら、この時間に。」
スライド式のドアが開き、マックス・カールマン刑事が入って来た。
「ご歓談中申し訳ないのですが、サラさんにお聞きしたいことがありまして。」
「何かしら?」
「別室でお願いします。」
マックス刑事に促され、サラが病室を出た。
「どうしたんだろう。」
コリン達は、不安に思った。
サラは病院の会議室で、マックス刑事とニック刑事から聴取を受けた。
「昨年のハローウィンは、どうされていましたか?」
「私は、会社の会長の主催するパーティに参加していました。それが何か?」
「ご主人とは、別にお過ごしでしたよね?」
「はい。私は、会社の者達と過ごしていました。出張もあり、1週間程家を空けていました。」
「ご主人は何処におられたかご存知ですか?」
「ええ、勿論。私達の友人のブライアン・トンプソンと過ごしておりましたわ。彼の別荘で、ハローウィンの週末を過ごしていました。カナダのオンタリオ州にある別荘です。私も過去に1度訪問しておりますが、緑に囲まれた素晴らしい所ですわ。」
「その時の様子は、ご主人からお聞きになっていますか?」
「焚き火をして、ボーイズ・トークを楽しんだと言っておりました。」
「先程、警察にとんでもない情報が入ってきましてね。昨年のハローウィンに、その別荘で、ロシアン・マフィアと銃撃戦があったそうです。現地の警察に確認を取り、事実だと分かりました。」