アルベルト・ウェルバーは自宅で、忠実な番犬の“老人”から、ジョニー・トンが警察に出頭したと知らせを受けた。
すぐさま、アジトを撤収させる様に、他の配下の者に命じた。
これで、自分達の痕跡は消えた。
ジョニー・トンを、前屈みで追いかけ、長いこと走っても青戸猛は、息切れしなかったと聞く。
配下の者達は、「やはり、奴はニンジャだ。」と恐れをなしていた。
アルベルトは、配下の者達を叱り飛ばした。
走り方は独特であるが、元警官ならそれ位は朝飯前だ。
自分はリウマチの為に、体を動かすことが不自由なので、同じ70代でも機敏に動く青戸猛に少し嫉妬した。
それにしても、ジョニー・トンは、真面目で軟弱そうに見えて、意外としぶとかったと、アルベルトは思った。
彼が聞き出したかった、青戸勲を助けた男の素性を、仲々吐かなかった。
3日前に、ジョニー・トンが誰にも言わずに、バイト先を変えたことを利用した。
警察が見付ける前に、彼を特別捜査本部と称して、アジトへ連れ出して、連日事件当夜の話をさせた。
昨日、自白剤を使い、ようやく助けた男について聞き出したのだ。
手下を総動員させ、中年で黒髪の細身の男を捜させている。
頭を撃たれた青戸勲を、てきぱきと止血し、生命の危険から脱出させた男であるから、なんらかの救命の心得のある男であろう。
病院、消防署、保健所、もしくは警察署等を探らせている。
アルベルト・ウェルバーの真の目的は、その男では無い。
青戸勲を助けた男から、青戸勲を撃った犯人を聞くことにある。
助けた男は、救急車が来る直前に、現場から消えるように逃げた。
恐らく、犯人を目撃し、証言すると狙われる恐れを抱いている。
ウェルバーは、助けた男は犯人の正体を知っていると見ていた。
でなければ、重病人を放って置いて、逃げる訳がない。
現場近くは、裏社会にコネがある何でも屋が店を構えている。
店主に聞いた所、そんな男は知らないと言っていた。
アルベルトは、その店主にも頼み、男を探索して貰っている。
今後の仕事の為、どうしても青戸勲を撃った犯人を捜さねばならない。
これだけ網の目を張り巡らせば、数日で見付かる筈だ。
これに加えて、青戸勲の周辺をもう一度洗い直した。
奴の弟分のコリン・マイケルズは、元は裏社会の人間と以前から掴んでいた。
念入りにコリンのことを調べたが、今回の襲撃とコリンは関係ないことが判明した。
マイアミでは、コリンは一切裏社会の人間とは接触していなかったからだ。
コリンの写真を見たアルベルトは、ため息混じりに漏らした。
「こんな可愛い顔をした坊主が、ワルの世界にいたなんて、世も末だ。」
この他に、青戸勲や妻のサラの友人をくまなく調査した。
コリン・マイケルズの恋人で、青戸勲とサラの友人でもある、デイビット・ネルソンは経歴上では綺麗で、ごく普通の北欧からの移民の子だった。
後から、“老人”が提出した報告書では、デイビットが過去にCIAの犬となり、それからフリーのスパイナーとして働いていたことが明記されていた。
アルベルトは、もしやと思ったが、銃撃の時間にモーテルにいたことが立証された。
サラのモデル会社の重役等、色々な怪しい人物を捕まえてみても、いずれもシロであった。
甥のルドルフは、いつかは青戸勲を殺すから、犯人を血眼になって探す必要は無いと反論するが、自分達に依頼された獲物を目の前で狩られ様としたのだ。
だからこそ、犯人をきちっと捜して、消す必要がある。
再び、邪魔が入っては困る。
依頼人の信用が一時落ちたが、ニューヨークの同志の尽力で、どうにか依頼を維持出来ている。
今回は、大金の絡んだ大仕事なので、失敗は許されない。
1週間が過ぎた。
青戸勲を助けた男が、全く見付からない。
それ所が、痕跡すら見付からず、まるで陽炎のようだ。
アルベルトは苛立っていた。
ニューヨークの同志からの連絡で、ブライアン・トンプソンが依頼人の周りをうろついているとの情報がもたらされた。
依頼人は焦って、青戸勲とブライアンの殺害を早める様に催促した。
アルベルト・ウェルバーは、熟慮を重ねて決断した。
犯人探しは一時止め、青戸勲とブライアンの殺害を実行しよう。
ルドルフの提案で、ジョニー・トンの口封じも同時に行うことにした。
ジョニー・トンは、自白剤を飲まされて朦朧としていたのに、アジトの内部や聴取した男達の特徴を的確に警察に伝えているからだ。
このまま吐かれると、何時自分達の存在が発覚するかも知れない。
小さな綻びは、きちんと繕わなければ。
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同じ頃、コリン達は、イサオの看護をしながら、事件の目撃者を探していた。
その中には、イサオを助けた男も含まれているが、彼らも探し当てる事は出来ないでいた。
イサオは、少しずつ回復を見せ、徐々に体を動かす様になり、意識を取り戻すのもそれ程遠くなくなってきた。
それに伴って、コリンの表情が明るくなった。
看護を手伝っていたデイビットは、コリンが元気を取り戻してきた事が微笑ましかった。
コリンは、警察からアジトを突き止めたが、物抜けの殻だったことを知らされた。
「やはり、大きな組織が動いているよ。」
コリンはデイビットに語った。
「ああ、そうだ。」
デイビットも、コリンの意見に賛成した。
ジョニー・トンが警察に行った事を知って、直ぐにアジトを撤収していたことから、警察内部の絡んでいる組織なのかもと、2人は見ていた。
デイビットは考えた。
「俺の知り合いに、探らせよう。」
コリンは止めた。
「もう、裏社会に足を入れるのはよそう。引きずり込まれるよ。」
「今回限りだ。俺の知っているのは、元泥棒で、膝を痛めてから、情報屋になった男だ。今夜の付き添いが終わったら、その男と会う。話の分かる男だから、心配は無用だ。」
「分かったよ。今回だけだからね。」
不安になるコリンを宥め、デイビットらは病院へ向かった。
コリンは、裏社会に触ることすら怖かった。
先程、電話で青戸勲の兄・隼と会話したのが原因だった。