前回 、 目次 、 登場人物


青戸猛は、前屈みになり、腕をあまり動かさない走り方をしても、逃げるジョニー・トンをその目で捕らえていた。


運動の心得があるジョニーは、逃げながら手当たり次第物を投げた。

青戸猛は、それらをかわしながら、追跡をやめることはなかった。


学生時代、長距離の選手だったコリンは、徐々に息が上がってきた。

何とか歯を食いしばり、2人の後を追った。


ジョニー・トンは、隙を見て、路地に入った。

青戸猛の目は誤魔化せず、路地に入ったが、ジョニー・トンが見当たらない。


10分以上走ったのにも関わらず、息切れしない青戸猛は、耳を澄ませた。


コリンはようやく到着したが、肩で息をしていた。


『堅気になってから、俺は体力が落ちてしまった。それにしても、猛さんはかなり体力がある。』


コリンは、青戸猛の独自の呼吸に気が付いた。

吐いて、吐いて、吸う、吐き、吸う、吸う、吐き、吸う、を繰り返していた。


ジョニー・トンの足音や呼吸の音を耳にすると、青戸猛はその場所へ駆けた。

コリンも、どうにか青戸猛の後を走った。



ジョニー・トンは、裏路地の一角で息を潜めていた。

彼も長いこと逃げていたので、全身汗をかき、苦しかった。


物音だけを頼りに、青戸猛は迷わずにジョニー・トンを見つけ出した。


疲れた様子も見せない青戸猛を見て、ジョニー・トンは震えた。

コリンがようやく到着した。


ジョニー・トンは追い込まれたと恐怖を覚え、青戸猛に殴りかかった。


青戸猛は、防御しながら、ジョニー・トンの攻撃をかわした。


コリンが加勢すると、ジョニー・トンはコリンの腹を思いっきり蹴った。

コリンは後ろに大きく弾き飛ばされた。


ジョニー・トンは、尻のポケットから小型の護身用ナイフを取り出し、青戸猛に向けた。

青戸猛は、上着を脱ぎ、右手にそれを巻いた。


とっさに、コリンが腰に隠していたベレッタM92FSを取り出そうとした。


「そんな物騒なものは、仕舞いなさい。」

青戸猛の静かではっきりとした声が響き渡った。


コリンは手を止めた。

青戸猛はジョニー・トンしか見ていないのに、何故後ろにいる自分のことが分かったのか、コリンは驚きを隠せなかった。


『こいつ銃を持っているのか。』

ジョニー・トンは、ハッとして隙を見せた。


その瞬間、青戸猛は、ジョニー・トンの胸を突いた。

ジョニー・トンは倒れ、小型ナイフを落とした。


胸を押さえているジョニー・トンに、青戸猛は彼を立たせると、落ちているナイフを渡した。

優しい口調で聞いた。


「安心しなさい。私は、青戸勲の父の猛です。後ろの彼は、イサオの親友だ。私達は刑事では無い。君がいなくなったと聞いて、何か危険なことが起きたのではと思い、君を探していたんだ。」


「探していたって、どういうことですか?警察から聞いたのでは?」


「ここは、前のバイト先から聞いたんだ。警察は、君がここにいることはまだ知らない。3日前から君を捜している。」


「嘘だ。僕は、昨日まで連日警察の取調べを受けていたんですよ。」

意外な答えが出てきた。


コリンと青戸猛は、顔を見合わせた。


「そんな馬鹿な。警察は、君が行方不明者として捜しているよ。」


「まさか?昨日は長い時間も嘘発見器に掛けられたのに?あれから、ずっと頭痛が続いて辛いのです。貴方達が来られて、又警察に連れて行かれるのが怖くなったんです。手荒なまねをして、申し訳ありません。」


「いいんだよ。君は息子のイサオが撃たれた後の現場にいただけで、犯人を目撃していない。それなのに、嘘発見器に掛けるなんて、元警官の私が言うのもなんだが、やりすぎだな。」


「そうなんです。協力したのに、まるで犯人の様に扱われたのですよ。連日、大学やバイト先まで警察が押しかけて来た。だから、バイト先を転々をせざるを得ないんです。それで今回は、親戚の伯父さんの店に移ったんです。事情を説明したら、分かってくれまして。」


ジョニー・トンは、さらに衝撃的な話をした。


「警察は、本当に僕がいなくなったと言っていたのですか。じゃあ、僕を特別捜査本部に連れて行って、取り調べたのは、何処の部署の人なのか?」


「特別捜査本部?」


「ええ、そうです。警察署から離れた場所で、取調べを受けていました。何でも、犯人はFBIが探している男らしく、署とは別の場所に置かれたと、取調官が言っていました。」


ジョニー・トンは話して、頭痛がひどくなったらしく、こめかみを押さえた。

青戸猛が彼を支え、店に戻った。


話が奇怪な方向へ進んだ。


『イサオの件で、特別捜査本部なんて置かれていない。警察を騙った、何か別の組織が動いているのでは。』

コリンの勘が蠢いた。


「所で、イサオが撃たれた経緯を教えて下さい。」

コリンが尋ねた。



ジョニー・トンは、事件当日は女性と初デートを楽しんでいた。

映画を見て、女性をルームメートと住むアパートへ送り届ける途中で、銃声が聞こえた。


ジョニー・トンと女性が、銃声のする方向へ歩いた。

場所はすぐ側の裏通りであった。


現場で、頭から血を流している男をスカーフで救急処置をしている男性がいた。

男性は、野球帽を深く被っていたので、殆ど顔が見えなかった。

口元のほうれい線や、手元を見て、中年と分かった。


その男性は携帯を持っていないと言ったので、ジョニー・トンが911に通報し、救急車を依頼した。

ジョニー・トンと女性は、上着を倒れている男性にかけた。


男性が言うには、この路地を歩いていたら、赤い髪の男がいきなり東洋人の男を銃で撃った所を見た、との事。


救急車のサイレンが近くになり、男性は救急車を現場まで誘導すると言って、その場から立ち去った。

その間、ジョニー・トンと女性は倒れている男性の介抱をした。


3分もしない内に、救急車は到着したが、助けた男性は姿を消していた。



それが、青戸勲襲撃事件のあらましであった。


「正直に話してくれて有難う。」

青戸猛が頭を下げた。


店に着くと、サラとデイビットが待っていた。


中華レストランのオーナーで、ジョニー・トンの親戚・サミュエル・イエンが、コリン達を出迎えた。


「事情はこの2人から聞きました。警察がジョニーを行方不明と見ていたとは、信じられません。では、他の連中が警察と偽って、この子を聴取していたということですね。何と恐ろしい。」


「怖いよ。伯父さん。ここにも、連中が来るかもしれない。」


「大丈夫だ。警察にきちんと話そう。私が弁護士を用意するから。」

サミュエル・イエンは、ジョニー・トンを慰めた。



マイアミ警察署に、ジョニー・トンは弁護士、コリン達を伴って現れた。


事情を聞いた、担当の刑事・マックス・カールマン刑事とニック・グランド刑事は驚愕した。


「警察を偽って、連日ジョニー・トンを聴取していた連中は、もしかして裏社会の連中かも知れません。建物を確保し、嘘発見器まで持っていたという事は、かなり資金がありますね。」


取調室から出てきた、ニック刑事が推測した。


「そうだな。ジョニー・トンがしきりに頭痛を訴えている様子を見ると、自白剤を飲まされた可能性があるしな。」


ジョニー・トンの話に拠れば、嘘発見器に掛けられる前に、コーヒーを出され、それを飲んでいた。

香り豊かで、美味しいコーヒーと語っていたが、その中に薬を入れられたことが考えられる。


「連中、ジョニー・トンのガール・フレンドにも、何度も足を運んでいたらしい。ルームメイトがそれを見ている。幸いにも、ルームメイトが交通課の婦警だから、ジョニー程手荒な真似をされていない。彼女が言うには、どう見ても刑事に見えたと言うんだ。」


「連中は、変装がかなり上手いか、その中に元警官がいることもあり得ますね。」


「そうだな。これは、只の銃撃事件じゃなくなってきたぞ。」


2人の刑事は頭を抱えた。



コリン達も、警察から事情を聞かれていた。

「今日は、これで帰っていい。」と言われ、皆はイサオが待つ病院へ戻ることにした。


「ジョニー・トンに警護が付くと聞いています。イサオにもお願いできますか。」


サラが、刑事達に言った。


「奥さん。イサオさんには、警官を付けることになっていますから、ご安心下さい。」


マックス刑事の一言に、サラは安心した。

しかし、ニック刑事の言葉に、サラは別の意味で不安が生じた。


「奥さんには、コリンのベレッタM92FSと、デイビットが持っているH&K USPが、守ってくれますよ。」


「見たのか?」

コリンは仰天した。


「俺は刑事だ。お前の服の上の膨らみから、大体分かる。デイビットの場合は、胸にぶら下げているものがチラッと見えたんだ。俺は目が良いからな。」


ニック刑事はニヤッとした。

初めて、ニック刑事が感情を露にした。


デイビットは、『この刑事、只者では無い。』と思った。


「お前さんは、本当に目が良いな。マイアミ一射撃が上手いのも、頷けるわな。」

マックス刑事は相棒の眼力に驚嘆した。



署を出た時、サラがコリンに聞いた。


「どうして、貴方は銃を持っているの?」


「護身用だよ。前から持っていたんだ。」


本当の事であった。

一昨年の8月に足を洗ったが、何が起きるか分からない。

再び、裏社会の連中がやって来るかも知れないからだ。

用心の為に、昔から使っていたベレッタM92FSを、合法的に手に入れていたのだった。


「そう。分かったわ。お願いだから、私の前では使わないでね。私は自分の身は守れるから。」


「約束するよ。」


サラと青戸猛は、サラの車に乗り、コリンとデイビットは、デイビットの車に乗り、病院へ向かった。



サラは、車の中で青戸猛に言った。


「義父さん、走りが見事だったわ。忍術の賜物ですね。」


「いや、元警官だからだよ。よく、田舎の道を走って、色んな犯人を追っかけていたからね。どうしたんだ。手が、少し震えているよ。」


「いえ、何ともないです。」

サラはハンドルを強く握った。


「さっきのコリンのことかい?ここは米国だ。あの若い子が銃を持ってもおかしくはないよ。」


「ええ、分かっています。私から見れば、コリンはまだ子供だと思っていたのです。その子が銃を持つとは、想像がつかなくて。でも、考えてみれば、あの子は31歳。立派な大人ですものね。」


「子供の成長は早いよ。私だって、イサオがまだ幼い子供と思ってしまうことがあるからね。」


青戸猛は、コリンに疑いを持ち始めていた。

あの身のこなし方、銃を持つ手が素早かったことから、裏社会にいた人間ではと睨んでいた。

続き