コリンとデイビットは、サラの自宅を訪問した。
呼び鈴を鳴らしても、応答がなかった。
2匹のペットの声が漏れる位であった。
2人は、車で病院へ向かった。
サラの母・ジャックリーンと兄のルイスが、イサオの付き添いをしていた。
「あら、お二人とも、忘れ物?」
「いえ、サラと青戸猛さんはどこにおられますか?」
ジャックリーンとルイスは、気まずそうな顔をした。
「2人で、イサオの犯人探しをしているのですか?」
「コリン、サラから誰にも内緒にして欲しいと言われていたのよ。実はね、イサオを撃たれた時、その場にいたのは、イサオを助けた人と、カップルだったでしょ。助けた人はいなくなり、残ったのは、カップルだけなの。だけど、その内の男性が、行方不明になったのよ。2~3日前の出来事ね。」
「えっ?」
「カップルの女性に聞いても、分からないと言うの。カップルと言っても、イサオが撃たれた日が初デートだったので、女性は男性のことを良く知らないのよ。」
コリンの中で疑惑が生じた。
その男性も何か知っているのかと。
「それで、サラがそのカップルの男性の行方を捜しているの。ジャーナリストのお友達から、その男性を見たとの連絡が入ってね。今、猛さんとその男性の所へ向かっているの。」
「警察には、通報しないのですか?」
「サラは、警察をあんまり信用していないの。折角、情報を呼びかけて、警察に集めたものを渡しても、その情報の精査に追われて、肝心のイサオを撃った犯人の追跡をちゃんとしていないと言ってね。だから、自分で調べているのよ。今日から、元警官の猛さんが一緒に行動してくれるから、私としては安心しているの。」
「大分前から、サラは行動を起こしていたのですね。」
ジャクリーンは頷いた。
『俺は自分しか見ていなかった。』
ニック刑事の言う通りであった。
サラは闘っていた。
コリンは、サラの行動に気が付かなかった自分を嘆いた。
ジャックリーンから、サラの行き先を教えてもらうと、コリンとデイビットはその場所へ急行した。
場所は、繁華街の一角のレストランであった。
コリンとデイビットがその店に入った。
「ああ、さっきの2人は別の店に行きましたよ。お探しの方は、先日辞めてね。」
ウェイターが教えてくれた店は、ここから離れた街にあった。
コリンはウェイターの一言が気になった。
「彼、何かしたのですか。毎日の様に、警察が来ては彼を聴取していたのですよ。」
コリンは、若者が青戸勲の襲撃事件の現場に居合わせたことを話した。
「そうでしたか。教えてくれて有難うございます。彼は詳しく語ってくれなかったのです。さっきの2人は直ぐに店を出てしまい、聞きそびれたのです。」
ウェイターは、彼が香港からの移民で、働きながら大学生をし、シャイで真面目な性格だと打ち明けてくれた。
ウェイターと若者は、昔マクドナルドでバイトしていた時の知り合いで、若者は彼を頼って3日前に来た。
警察がしょっちゅうやって来るので、若者は嫌気がさして辞めたと言う。
今度のバイト先は、親戚が経営している中華レストランであることや、行き先を丁寧に教えてくれた。
この繁華街から離れた所にある中華レストランへ、コリンとデイビットは向かった。
中華レストランの付近で、サラと青戸猛の車と鉢合わせした。
サラは道に迷い、到着するまでに時間が掛かっていたのだ。
「どうしてここが分かったの?」
サラはびっくりしていた。
「前の店のウェイターから聞いたんだ。どうして俺に相談してくれなかったの。」
コリンの問いかけに、サラは答えた。
「貴方があんまりやつれ、何時倒れてもおかしくなかった。だから、どうしても言えなかったの。」
「サラが一番辛くて大変なのに、かえって気を使わせて済まない。俺はもう大丈夫だ。これからは、俺達にも手伝わせて欲しい。」
デイビットも前に出た。
サラは嬉しそうに頷いた。
「宜しくね。」
4人で中華レストランへ行くと、若者に威圧感を与えるので、先ずはサラと青戸猛が行くことにして、コリンとデイビットは車の中で待機することになった。
まだ午前中なので、レストランは準備中であった。
サラが中にいた店員に、若者のことを尋ねた。
店員は、若者がレストランの裏にいると言って、サラ達を案内してくれた。
裏口の外に置かれてあるゴミ箱を清掃していた若者を、店員が呼んだ。
サラと青戸猛は挨拶した。
「ジョニー・トンさんですね。仕事中に済みません。私、青戸勲の妻のサラと申します。この方は、義父の青戸猛と申します。夫の件でお伺いしたいのですが、少しで良いのでお時間宜しいですか?」
ジョニー・トンも挨拶をしたが、目を伏し目がちで、そわそわして落ち着きが無く、暗い印象を受けた。
「済みません、少し休憩します。それでは、そちらで。」
ジョニー・トンは、店員にそう言って、サラを案内しようとして近づいた。
が、次の瞬間、彼はサラを思いっきり突き飛ばした。
サラは、後ろにいた店員ごと倒れてしまった。
「きゃあっ!」
サラの悲鳴を聞いて、コリンとデイビットが車の外へ飛び出した。
ジョニー・トンは、側にあった空のゴミ箱を青戸猛に投げ付けると、脱兎の如く店の外へ駆け出した。
ゴミ箱を払いのけた青戸猛は英語で、「待ちなさい!」と言いながら、ジョニー・トンを追いかけた。
すごい勢いで走るジョニー・トンと、彼を追いかける青戸猛の姿を見たコリンは、デイビットに「サラを頼む。」と言って、2人の後を追った。
コリンは、高校まで長距離の選手だったので、ジョニー・トンの走力を見て、彼も陸上をしていたことを察知した。
ジョニー・トンは街の通りを歩く人々をすり抜けて、走った。
後ろには、青戸猛が追っていた。
目の前にあったゴミ箱を倒した。
青戸猛は、さっとゴミ箱の上を飛んだ。
コリンはゴミ箱の横を走った。
ジョニー・トンは逃げ続けた。
青戸猛は覚悟を決め、走り方を変えた。
両手を大きくした走り方を止め、右手を前に出し、左手を腰に当てて、上半身を前屈みにした走り方を始めた。
後ろで走っていたコリンは、70代の青戸猛が走り方を変え、同じ速度を保ちながら走っている姿に驚いた。