タブロイド誌には、イサオこと青戸勲が、銃弾を頭に受けて重体になった事件のあらましが記されていた。
だが、ページの多くが、青戸勲が忍者の子孫であると強調されていた。
青戸勲の先祖は、伊賀の国で小作人をしながら、忍者のイロハを身に着けた。
戦国時代に西国の武将に雇われ、伊賀を離れた。
泰平の世になってもその土地に残り、新たにやって来た大名に仕え、領地内の監視や、公儀隠密の探索をしていたという。
その子孫が伊賀に戻ってきたのは、明治時代になってからである。
一説では、文明開化の時代になっても、修行を続けていたとの噂があった。
長い年月、伊賀から離れていたので、青戸流の忍術は研究者に殆ど知られることは無く、青戸家の男子のみに受け継がれていた。
戦後、青戸勲の祖父・馨が、公務員として働く傍ら、忍術を一人息子の猛に教えていた。
幼い猛が、山の中を長い布を首から下げて走っていたのを、近隣の住民が目撃していた。
これは、布を地面に付けない様に走り、脚力と持久力を養うための訓練である。
噂は本当であった。
青戸猛は成人し、地元の警官になった。
しかし、一度も忍術を人前で見せたことはなかった、と元同僚が証言していた。
青戸勲は、母を亡くした3歳から、兄・隼と共に祖父母に預けられて育った。
勲達は、簡単な護身術しか学ばなかったらしい。
アメリカで、青戸勲の出身が伊賀と聞き、忍者の里と分かった者達が、尋ねることがあった。
決まって青戸勲は、笑いながら、こう答えていたと言う。
「忍術を学んだのは、親父の代まで。時代は変ったんだ。自分は、只のニンジャの息子さ。伊賀は、松尾芭蕉の生まれ故郷でもあるんだ。そっちも見てくれよ。」
コリンはタブロイト誌を閉じた。
記事は、大筋で合っていると思った。
6歳の時に大怪我をしたことは触れていなかったが、それは事件には関係ないことだ。
昨夜のニュースといい、この雑誌といい、イサオのことを色物扱いしていると腹を立てた。
コリンは、イサオの事件が、違う方向へ流れてしまうのではと危惧していた。
朝になり、サラが病室に入った。
「とんでもないことになったね。」
コリンはタブロイト誌を、サラに見せた。
「止むを得ないわ。」
「えっ?」
コリンは、サラの予想外の反応に驚いた。
てっきりサラも、怒るのだろうと思ったからだ。
「この雑誌ね、昨日イサムを取り上げてくれたTV局の関連企業なの。だから、両方ともイサムのことを、同じ呼び方をするのよ。」
「知ってたんだ・・・。」
サラは頷いた。
「ええ。TV局の友人と長い時間話し合って、決断したことなの。一般人が襲撃されるのは、マイアミではよくある事件よ。みんな、当日は気に留めてくれるけど、数日たったら、次の事件に目が行って、前の事件を忘れてしまうわ。悲しい事実ね。」
サラは続けて言った。
「この方が、多くの人の目に触れるわ。目立たないと、情報が集まって来ないこともあるの。私は、何が何でもイサオを撃った犯人や、助けた人を知りたい。事件の真相に近づきたいのよ。」
「分かった。」
コリンは理解を示した。
サラの気持ちは十分に分かる。
どんなに、いくらセンセーションに報じても、イサオを助けた人は現れないと、コリンは確信していた。
自分は、裏社会のコネが使えず、一人の男性すら探せない。
コリンは自分の非力を、心の中で嘆いた。
「暗い顔をしないでよ、コリン。良いニュースがあるんだから。イサオのお父さんがようやく来られるのよ。今度の土曜日にね。」
「それは良かった。日本は大雪になっちゃって飛行機が飛べなかったから、どうなるかと心配していたんだ。これで、安心したよ。」
「私もよ。それに、イサオのお兄さんから、貴方の携帯番号を教えてくれって言われたんだけど、いい?」
「構わないよ。でも、イサオのお兄さん、日本の警察の偉い人で、英語はペラペラなんだろう。サラとの意思疎通は出来ているし。何故、僕の携帯を知りたいのかな?」
「貴方から、イサオのことをお聞きしたいんですって。」
「何でも答えるって伝えて。」
「有難う。早速、連絡するわね。そうそう、忘れる所だったわ。今日の午後に、ブライアン・トンプトンさんがお見舞いに来るわ。」
久しぶりに聞く名前であった。
ブライアン・トンプソンは、青戸勲と共に、14歳のコリンを助けてくれた男性であった。