仕事を休み、青戸勲に付き添っているサラの負担を減らす為、サラの母と兄、そしてコリンが交代で看ていた。
コリンは深夜を担当した。
昼間は自動車修理工の仕事をしているコリンを、サラは気遣った。
コリンにとって、夜は1人でいたくなかったので、かえってこの時間が良かった。
刑事が『赤髪の若者がイサオを撃った。』と聞てから、コリンは夜悪夢に魘される様になったのがその理由だ。
2年前の秋、変装した赤髪の若者にコリンは殺されかけたのだ。
奴の名前は“影無き男”。
変装の名人で、必要がなくなれば、依頼人を含む周囲の人間を殺す殺し屋で、裏社会の厄介者であった。
当時、銃の製造と密売グループにいたコリンは、影無き男に全身を銃で撃たれ、死の淵を彷徨った。
FBIに逮捕されたり、秘密裏にGPSを肩に埋め込まれたりと、その後のコリンは散々な目に遭わされた。
それでも、コリンは影無き男を日本まで追い詰めて、この手で倒したのだった。
影無き男を追っている時には、銃で撃たれた夢を見て、汗をかき、飛び起きることがあった。
影無き男を倒してからは、悪夢から開放されていたのに、イサオの件で再びその悪夢が蘇った。
アラスカへ帰ったデイビットとは、毎日連絡を取り合っていた。
コリンは元気な素振りを見せたが、デイビットはコリンの声で、異変に気が付いていた。
「こっちの仕事を片付けてから、今週の金曜から暫くはマイアミに滞在する。」と言った。
デイビットは、ネットトレーダーの他にも、幾つかの不動産の管理をしていた。
月曜に人と会ったのもその為で、この数日はどうしてもアラスカから離れることが出来なかった。
金曜日から、このマイアミにいてくれる。
デイビットの気遣いに、コリンは心から感謝した。
今は誰か頼る人が欲しかった。
イサオが撃たれてから4日が経ち、コリンは精神的にかなり参っていた。
本来は気丈に振る舞い、サラの側にいるべきなに、それが出来ない自分に不甲斐無さを感じ始めていた。
デイビットがいれば、少しは立ち直れるだろうと思った。
日本にいるイサオの父・青戸猛は、東京で大雪が降り、交通が麻痺して、渡米の日が大幅にずれていた。
早くても、今週末になるらしい。
兄・青戸隼は、あれからサラと連絡が取れた。
青戸隼は、警視庁の捜査1課課長の立場なので、今抱えている事件が片付くまでは、弟の側へ行くことが出来ないとのことであった。
コリンは、彼らが来るまで、サラの側にいようと思った。
この日、コリンは仕事を終え、いつもの様にアパートには寄らず、近くの食堂へ向かった。
食堂では大画面のTVが設置しており、コリンは夕方のニュースを観ようとしたのだ。
コリンの安アパートにあるTVは壊れていた。
サラから、彼女の友人が地元TV局の報道番組のプロデューサーをしており、今回の事件を特集すると連絡を受けていたのだ。
ニュースが始まった。
地域の話題から入り、大トリでイサオの事件が取り上げられた。
イサオは、誠実で人望のある看護師として紹介され、事件のあらましが報じられた。
メインキャスターの一言に、コリンは引っかかった。
「彼は、一部で『ニンジャの子供』として知られていました。」
イサオの家系と、今回の事件は関係ないと思った。
イサオの生まれは伊賀。
ニンジャの里として知られていた。
しかし、イサオは簡単な護身術しか教わっていないと言っていた。
『忍術を学んでいたのは、親父までだ。』と。
そうこうしている内に場面が変り、リポーターが、イサオの友達、職場の同僚にインタビューしていた。
皆、イサオは真面目で、撃たれる様な人物ではないと発言していた。
最後に、サラが登場し、イサオを撃った犯人の情報提供を呼びかけ、更にイサオを助けた男性に呼びかけていた。
「名乗り出て下さい。当時、何か起きたのか、是非知りたいのです。」
ニュースが終わり、CMになった。
コリンは食堂を出て、重い足取りでアパートへ帰った。
裏社会で磨かれた勘は、助けてくれた男は名乗り出ないと呟いていた。
=====
同じニュースを、自宅で見ていた70代の男・アルベルト・ウェルバーは、電話を受けた。
電話の先はニューヨークの同胞。
「マイアミのニュース番組を観たよ。奴、本当にニンジャの子供なんだな。」
『こいつは何をビビッているんだ。』
ウェルバーは苦々しく思った。
「イサオが常日頃言っていたそうだ。『いくら忍術を学んだからといっても、銃で撃たれたらお終いだよ。』その通り、あの男は一発の弾で倒れた。だから、ニュースキャスターの戯言に動揺するんじゃんない。」
「奇跡的に助かったじゃないか。きっと、ニンジャの修行をしたから・・・」
「馬鹿言うな!!あの男は、ニンジャの修行をしたのは、父親の代までだとはっきり言っているんだぞ!」
「いや、私が得た情報だとイサオは、3歳から修行をしたというぞ。」
「俺の情報を信じないのかーっ!」
ウェルバーは大声を発した為、むせた。
側で見ていた甥のルドルフが、水が入ったグラスを差し出すと、ウェルバーは一気に飲み干した。
ニューヨークの同胞のせいで、こんな事態になったんだと、ウェルバーは腹が立った。
「ウェルバーに任せたのに、こんな大騒ぎになってしまうなんて。」
「何度も言わせるな。俺はなにもやっちゃいない。」
「“老人”に頼んだろう。」
「アホ言うな。俺は何もしていない。もし、“老人”に頼んだら、イサオはとっくに死んでいるぞ。あいつは射撃の腕だけが取り得だ。そいつが、子供の銃でイサオを撃つ訳がないじゃないか。」
ニューヨークの同胞は、このウェルバーが動いたと思っているらしい。
長年かけて自分が築き上げた関係が、この所どうも上手くいっていない。
何とかしなければと、ウェルバーは焦った。
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深夜、コリンが病室へ訪れると、TVで観た人達からの花束で溢れていた。
サラの兄・ルイスと交替し、コリンはイサオの側に座った。
「みんなから沢山のお見舞いが来ているよ。」
手を握った。
何時の如く、反応がなかった。
この度に、気持ちが暗くなる。
ふと、サイドテーブルに置かれたタブロイド誌を目にした。
ルイスが読んでいたものだ。
普段なら手に取らないタブロイド誌だが、表題に唖然とした。
『ニンジャの子供、撃たれる!!』