前回 、  目次 、 登場人物

マイアミ警察の事情聴取が始まった。

話は殆どマックスがした。


サラに、青戸勲が撃たれた状況や、当夜に青戸勲の行動について尋ねた。

話も穏やかで、コリンはマックスに好印象を覚えた。


サラは、夜は同僚と市内のバーで飲んでいたこと、病院に駆けつけた時には、既に手術室に入っていたことを、正直に答えた。


サラが、今度は刑事達に質問した。


「夫のイサオを助けた方は、どこにいますか?」


「それが奥さん。行方知れずなんです。イサオさんが撃たれた直後、通りかかった男性が彼を助けた。その時、たまたま近くにいた1組のカップルが、目撃していましてね。その男性は、救急車が来て、救急隊員に事情を説明し、イサオさんを乗せたら、いつの間にか消えていたそうです。救急処置の仕方を見ると、その男性は恐らく、医療関係者の様です。」


「ですから、その男性の特徴だけでも教えて下さい。」



「困りましたな。」


マックスが悩むと、ニックが口を挟んだ。


「奥さん、黒髪の中年男性としか教えられません。その中年男性は、カップルに『赤髪の若者が撃った。』と語っていたそうです。」


マックスはびっくりした表情で、ニックを見た。

ニックは、捜査情報を漏らしたのだ。


「それ位なら、問題ないでしょう。」

ニックはさらりと答えた。


『赤髪の若者』と聞いて、コリンの表情が硬くなった。


2年前の晩秋に起きた出来事が蘇った。


コリンは、“影無き男”と呼ばれていた赤髪の若者に、当時の恋人と仲間を殺され、自分も殺されかけたのだ。

その翌夏には、コリンは赤髪の若者を射殺し、恋人と仲間の敵を討った。


そんなコリンを察したのか、デイビットはさりげなくコリンの肩の上に、自分の手を置いた。


デイビットも、数年前に赤髪の若者に嵌められ、スパイナーとしての評判が落とされてしまい、裏社会からの引退を余儀なくされた。

デイビットにとっても、嫌な思い出が掘り起こされた。


だが、その男はコリンが葬り去ったのだ。

きっと、青戸勲を撃った犯人は別人である筈だ。

2人の刑事は、病室にいた者達に話を事情を一通り聞くと、警察署に戻った。



マックスはニックに注意した。

「困るじゃないか。あんなことを言って。」


ニックは、マックスの意見を無視した。


「奥さんの側にいた、小柄で色っぽい男性がいたでしょう。あれ、裏社会の人間ですよ。」


「えっ?!自動車修理工場で働いていると言っていた、コリン・マイケルズのことか。まさか、あんな大人しい男が。」



「昔、出張先のカナダとの国境沿いの町で、あの男を見かけました。逃げた殺人犯を追って、武器密売の製造グループに接触した時です。もう5年前のことになりますか。」


「お前は記憶力が抜群だからな。5年前なら、もうコリンは足を洗っているかも知れないぞ。あれの目は、裏社会の人間のものじゃないよ。」


「そうかも知れませんね。あともう一つ、気付いたことがありましてね。」



「何だ。」


「コリンの後ろにいた金髪で大柄の男のことです。ネットトレーダーのデイビットと名乗っていたあの男と、コリンはできてます。」



「くだらん。」


病室では、遠方に住んでいるサラの母親・ジャックリーンと兄のルイス一家が到着していた。

サラの父親は、数年前に亡くなっている。

ロスに住む妹・カトリーヌは、運悪く幼い子供が高熱を出して、フロリダへ向かう事は出来なかった。


「イサオ、皆が来たわよ。」


サラの声に、まだ青戸勲は無反応であった。


コリンとデイビットは、そっと病室を後にした。


今日は日曜日。

デイビットが、アラスカの自宅に戻る時間が迫っていた。


「暫くここにいようか。」


「大丈夫。月曜に、人と会う約束をしているんだろう。」


デイビットを空港まで送り、コリンは再び病院へ戻った。



コリンとデイビットは、付き合ってから、週末はお互いの家を行き来していた。

デイビットはアラスカの自宅で、コリンは安アパートに住んでいる。

時々、コリンの安アパートが賑やかになることがあり、静かなモーテルで2人の時間を過ごすことがあった。


コリンは、どこか静かな所へ引っ越そうと考えていた。

すると、デイビットはアラスカの自宅で生活を始めないかと提案してきた。

コリンは迷った。


6年間もいた裏社会から足を洗って、1年が経った。

自動車修理工として、充実した日々を送っているからだ。

フロリダには、兄と慕う青戸勲がいる。


だが、デイビットといると、心身共に満たされる。

彼もバイセクシャルなのと、好みのアーティストが同じこともあり、話が合う。


コリンはデイビットには、昔のことを粗方語った。

デイビットは、スパイナーとして生きていた過去があり、若かりし頃の話はしてくれない。

そのことは、コリンは重々承知していた。

裏社会に生きていた人間には、過去に触れないことが鉄則である。

コリンの体には、その教えが染み込まれていた。


知りたいという気持ちが出てくることはあるが、コリンにとって今のデイビットとの生活の方が大事であった。


デイビットも、コリンといると心が落ち着いた。

あれこれ詮索しない。

初めて、自分を理解してくれる人と出会えたと思った。


裏社会で生き抜いた者同志、前だけを見て歩いていた。


コリンは考えに考え、来年にアラスカに移ると答えた。

デイビットは、その思いを受け入れた。


コリンは、青戸勲にアラスカに引っ越すことを告げたのは、先週のことであった。


「デイビットとなら、俺達の様に上手くいくよ。彼はとても素晴らしい人物だよ。」

青戸勲は、デイビットとは何回か会っていたので、コリンの新たな生活を自分の様に喜んだ。


結婚21年目を迎える青戸勲とサラ夫妻は、子が無いが、愛情豊かな日々を重ねている。


青戸勲は、看護師の仕事に熱心で、きめ細かい気配りをして、人情に厚い男だ。

職場の同僚や、施設の利用者達からも、信頼を置かれている。

地域福祉活動にも熱心で、病気や障がいで外出もままならない人達に、食事を配っている。


『14歳の俺が自分を見失った時、イサオは自分の身の危険を冒してまでも、俺のことを助けてくれた。その彼が何故、こんな目に遭わなきゃならないんだ。』


コリンは、不条理なこの世界を恨んだ。

続き