アブラハム・バークレイは、ニューヨークの弁護士で、リチャードの遺産250万ドル(約2億700万円)を、管理していた。
コリンは、約2ヶ月振りに彼の元気な声を聞いた。
バークレイ弁護士が、コリンへ電話を入れたのは、遺産のことであった。
コリンがマイアミへ転居したのを既に知っていた。
裏社会にコネがある彼のことだ、日本へ行ったことも知っているだろうと、コリンは思った。
バークレイ弁護士は、コリンに会いたいと言ってきた。
コリンもバークレイ弁護士に会いたかった。
リチャードの遺言では、新しい生活の元手にして欲しいと書いてあったが、リチャードが裏社会において、血と汗で稼いだ金を使う気にはなれなかった。
そのことを、バークレイ弁護士に話したかった。
来週、会うことになった。
来週になり、コリンはバークレイ弁護士が滞在する高級ホテルの部屋で会った。
「戻ってから、全然手を付けていないね。」
会うなり、バークレイ弁護士が言った。
「FBIに見られているからね。きっと、奴らは俺の動きを見張っている。俺が足を洗ったことを証明したいんだ。」
コリンが答えた。
「それなら、大丈夫さ。連中はもう監視をやめているよ。下手に君に手を出すと、連中のやっていたことが暴露されるからね。心配なら、別の口座に移そうか。」
バークレイ弁護士の申し出に、コリンはお願いした。
連中が監視をやめたことが、どうしても信じられなかったのだ。
「あと、もう一つお願いがあるんです。遺産を寄付したいんです。」
「・・・。もしかして、全額かい?」
「勿論です。」
コリンとバークレイ弁護士は、口論を始めた。
リチャードの遺産を使いたくないコリンだったが、バークレイ弁護士は遺産を使わない事は、リチャードに対して大変失礼な行為だと言った。
バークレイ弁護士は、リチャードと会った時のことを話した。
リチャードは、コリンのことをとても想っており、20歳も年上の自分がいなくなった後のことを真剣に考えていたと言う。
彼は、コリンには裏社会から足を洗って欲しいと、バークレイ弁護士に打ち明け、それを遺言書に記した。
バークレイ弁護士の強い説得に、コリンは渋々従った。
それでも、遺産の半分は寄付したいと訴えた。
コリンは、バークレイ弁護士にリチャードの幼少期を話した。
リチャードは、母子家庭で育ち、母親は病弱で貧しかった。
その為、リチャードは多額の報酬を得られる傭兵に身を投じたこと、それがきっかけになり、裏社会で働く様になったことを話した。
裏社会に染まってもリチャードは、病弱な母親思いの優しい男であったことも話した。
コリンは、リチャードと同じ境遇の人間を1人でも助けたいから、寄付を申し出たことを訴えた。
バークレイ弁護士は、納得した。
そして後日、遺産の半分は、人工透析を受けている貧しい母子家庭を支援する財団に寄付された。
やがて、クリスマスがやって来た。
コリンは、7年振りにロスで家族と過ごした。
弟・ケビンも東部から帰って来て、温かくも楽しい休暇を過ごした。
その時、コリンは両親にプレゼントを贈った。
最新のSONYのVAIOのパソコンであった。
前のは、影無き男に盗まれていた。
今度は盗まれた時に備えて保険を掛け、家の鍵も新しく1つ加えた。
両親は、これなら安心して使えると、大喜びした。
ようやく、コリンは普通の生活が戻った気がした。
リチャードや仲間が殺されてから1年が過ぎ、影無き男を倒してから4ヶ月が経とうとしていた。
新年が明けた頃、コリンのギブスが取れ、右手首は殆ど完治した。
同じ頃、アブラハム・バークレイ弁護士から電話が入った。
再び、マイアミの高級ホテルで会った。
「怪我が治ったんだね。良かった。でも、あれから何もしていないじゃないか。折角、口座も移動したのに。」
「両親のクリスマス・プレゼントに、使いましたよ。」
「そうではなくって、君自身の為に、まだ何も使っていないと言っているんだ。」
アブラハム・バークレイ弁護士は、ため息をついた。
全く、リチャードの言った通り、頑固な男だ。
「自分でどう使うか、ずっと考えていました。初めは自分の自動車修理工場を持つことを考えた。でも、俺は経営者には向いていないし。今のまま働いている方が、俺に合っていると思って、止めたんです。」
「本当は、そんなことを考えてないくせに。君は、リチャードの金を使って新しい生活を送りたくないんだろう。本当に、君は真っ直ぐな男だ。」
アブラハム・バークレイ弁護士が言った。
「リチャードが俺のことを、真っ直ぐな男だと?」
「ああ、言ったよ。君は何事にも真っ直ぐだとね。リチャードは、そんな君を心から愛していたし、危惧もしていた。だから、私に遺産管理と君のことを頼んだんだ。」
「俺のこと?」
「私はおせっかい焼きだからね。君がちゃんと足を洗って生活できるようになるまで、面倒を見て欲しいと言われたんだ。君は、真っ直ぐで、人に頼まれたらとことんまで尽くすタイプだから、リチャードは心配していたんだ。」
「俺は子供じゃない。自分のことは良く知っていますよ。」
コリンそう言ったが、涙が出そうになった。
リチャードは死んだ後まで、自分のことを気にかけてくれていることに。
「泣きたい時は、思いっきり泣きなさい。」
アブラハム・バークレイ弁護士は、テッシュをコリンに差し出した。
暫く、コリンはテッシュで目頭を押さえた。
コリンは、バークレイ弁護士に、遺産の管理を依頼した。
株や投資信託で、遺産を運営することを、バークレイ弁護士は提案し、コリンはそれを了承した。
投資先について、バークレイ弁護士は説明をした。
気が付くと、夜になっていた。
バークレイ弁護士は、ルームサービスでハンバーガーを注文した。
話がひとしきり終わった後、バークレイ弁護士はコリンに聞いた。
「誰か、良い人はいないのかい?」
コリンは首を振った。
「いません。リチャードが亡くなってから、1年が経ちましたが。」
「1年2ヶ月だよ。」
バークレイ弁護士が言った。
「まさかと思うけど、もしかしてそれもチャードが頼んだのですか?」
「違うよ。」
バークレイ弁護士は、笑って大きく首を振った。
嘘だった。
リチャードは、コリンの性格を十二分に知っていた。
自分のことをまだ想っていれば、又裏社会の人間と関わりを持ち、その世界に戻ってしまうことも。
真っ直ぐなコリンのこと、もし新しい恋人が出来れば、そっちに全力で真っ直ぐにいくはすだ。
自分を忘れる事で、裏社会と完全に切れると、リチャードは信じていた。
バークレイ弁護士に、リチャードは、コリンがちゃんとした恋人を見つけられる様に見守って欲しいと言った。
バークレイ弁護士は、コリンがどの道を歩もうと彼の自由だと言ったが、リチャードは死は何時でも覚悟しているが、そのことだけが気懸かりだと言った。
冷静なリチャードが、この時だけ悲しい表情をしていたのを、バークレイ弁護士は覚えている。
大金を貰い、コリンを見守ることを引き受けた。
このことは、コリンに内緒にして欲しいとリチャードが言ったので、バークレイ弁護士は黙っていた。
それから、約1年後にリチャードが殺害されたので、バークレイ弁護士はもしかしたら、彼が己の死期を悟っていたのではないかと思った。
気が付くと、2人はハンバーガーを静かに食べていた。
意を決して、コリンがバークレイ弁護士にあるお願いをした。
「人を探して欲しいんです。」