松井節子の運転する車で、コリン達は南アルプスへ向かっていた。
高速を使えば、東京からおよそ2時間で到着する。
南アルプスの近くに、嶋村家が所有する山小屋があり、そこに嶋村和一が監禁されていた。
1億の金と引き換えに、嶋村和一を返すという。
影無き男は、金で解決できる男では無い。
兄の嶋村涼一国会議員を甚振り続けるのは、明白であった。
それでも、嶋村涼一は、弟を助けたかった。
嶋村涼一に代わり、松井節子とコリンが現場に向かっていた。
高速を降り、国道や山道を車は走る。
その跡を、覆面パトカーが追っているのを知らないでいた。
覆面パトカーからの情報を貰い、CIAエージェント、FBI捜査官や警察は準備を始めた。
今度こそ、影無き男を逮捕する決意が漲っていた。
山小屋にはまだ遠いが、ある山道に松井節子の車が入った。
その後ろを、覆面パトカーが追っていた。
松井節子の車が通った瞬間に、一本の大きな木が山道へ倒れてきた。
慌てて刑事がブレーキを踏み、辛うじて覆面パトカーは木にぶつかることは避けられた。
木は腐食していて、何かの拍子に倒れたようだった。
刑事の目には、松井節子の車が何も知らないまま、先へ進んでいくのが見えた。
刑事からの報告を聞き、皆は地団駄を踏んだ。
松井節子の車にも、木が倒れた音が聞こえ、助手席に座っていたコリンが後ろを見た。
「あんな大きな木が倒れたのか。ぶつからなくて良かった。」
そう言った時、山側に人影を見た。
コリンは、これは人為的なものだと悟った。
実は、警察の動きを見ていた美術商が、手を回したのだ。
これで、邪魔は入らなくなった。
指定された山小屋に着いたのは、夜遅い時刻であった。
この一帯の土地は嶋村家が所有しており、古びた山小屋がその中にポツンと建っていた。
明かりがうっすらと外に漏れていた。
コリンは松井節子と二手に別れ、山小屋へ近づくと、窓の隙間から中の様子を覘いた。
人がいる気配はするけども、嶋村和一の姿も見えなかった。
松井節子が手招きした。
松井節子が指さした方を見た。
窓から嶋村和一が見えた。
元々細かった嶋村和一は、更に痩せていた。
突然、山小屋のドアが開いた。
「ほう。嶋村先生じゃないのか。松井節子に、それにコリン・マイケルズが来たのか。さっさと入れ。」
影無き男は、2人を中に入れた。
コリンの右手のギブスを見た。
『こいつ、利き腕を折ったのか。後で、そこもじっくりと苛めてやる。』
影無き男は、心の中でほくそ笑んだ。
影無き男は、ここでも変装をしていた。
黒髪を七三に分け、黒の背広を着ていて、顔付きもいじっているらしく、どこから見ても日本人にも見える。
山小屋には異様な格好であった。
「金は?」
「一部はここにある。残りは車の中にある。」
コリンがアタッシュケースを、床に置いた。
影無き男が手を差し出すと、コリンはアタッシュケースを投げた。
影無き男は、それを開き、金の確認をした。
「嶋村和一を返して貰おうか。」
「その前に、金を全部こっちへ持って来い。」
影無き男の指示通りにした。
コリンと松井節子は外へ出ようとしたが、影無き男は松井節子にここへ留まる様にと指示した。
2人きりになり、影無き男が言った。
「あんたの婚約者に依頼された通り、あんたを楽に死なす。」
「冗談じゃないわ!」
「あんたの婚約者・小笠原文武は、気味悪い男だったよ。俺が殺す時、高級懐中時計をやるから、あんたを殺すのを止めて欲しいと言ったんだよ。可笑しいだろう。自分が殺されかけているというのに、命乞いをしなかったんだぜ。」
「小笠原さんは、お前とは違う!」
残りの金を持ってきたコリンが叫んだ。
小笠原文武が死を前にして、婚約者の身を案じていたことを知り、切なく感じた。
「本当に、変った奴だった。俺が『駄目だ。』と言うと、今度はお前を苦しまずにして欲しいと言ったから、俺は『良いよ。』と言った。それで、懐中時計を貰って、小笠原文武を殺したんだ。」
コリンと松井節子の目が激しい怒りの炎となり、影無き男を睨んだ。
「お前さん達は、本当にお人よしだな。俺が金を貰って、『はい。分かりました。この場から去ります。』と言うとでも思ったのか。」
影無き男は冷笑した。
「返すんじゃないのか!」
嶋村和一が、別室から飛び出してきた。
「返さないさ。お前の兄貴を、これからも甚振るさ。その前に、お前とこの2人を殺すがな。」
影無き男は、嶋村和一の襟首を掴むと、コリンと松井節子の方へ投げた。
その時、コリンはベレッタM92FSを腰から左手で取り出した。
松井節子はキッと影無き男を睨んだままでいたが、銃を見て嶋村和一は怯えた。
「馬鹿な真似はやめろ。その構えじゃはずれるぞ。」
影無き男の挑発に、コリンはベレッタM92FSを撃った。
やはり、的は外れた。
次の瞬間、影無き男は素早くSIG SAUER P226を撃ち、コリンの左手からベレッタM92FSを離した。
コリンは床に崩れた。
松井節子は、コリンの血が流れる左手をハンカチで止血した。
「小僧は一番後だ。じっくりと料理してやる。まずは、お前さんからだ。」
影無き男は、標準を松井説子に向けた。
コリンが松井節子の前に立った。
直ぐに、松井節子がコリンの前に立った。
しかし又、コリンが松井節子の前に立った。
今度は、コリンが足を踏ん張った。
コリンは松井節子の方へ振り向き、首を横に振った。
「俺は小笠原さんに誓ったんだ。君を守ると。」
「貴方が、あの男にやられるのを見るのは嫌!」
松井節子は、コリンの肩を必死に掴みながら言った。
「庇い合いっこはお終いだ。」
2人のやり取りが面白かった。
もっと苦しめと、影無き男は思った。
影無き男はSIG SAUER P226の引き金を引こうとした。
コリンは、ギブスをしている右手をサッと前に出し、右親指を外へぐいっと反らした。
バーン!!
銃声がした。
影無き男がうずくまった。