目次

松井節子とコリンは、君津川がいる病棟とは別の病棟へ向かった。

平日の午後なので、待合室は人で溢れていた。


「混んでいるほうがかえって、便利なのです。」

美術商が言った。


「ここの私立病院は、嶋村和一の友人が経営していましてね。ばれないと思って、君津川を運んだのです。ですが、その夜半には警察に知られてしまってね。匿名の電話が入ったそうです。」


病院のあちこちに警官が立っていた。


「私も、その友人のことを知って、彼のコネで病室に入れるのです。」


主治医が現れた。


「彼の後ろへ歩いて下さい。別の病院から研修に来た医師だと、警察には話してありますから。」

美術商の指示に従って、2人は白衣を羽織ると、君津川の病室へ向かった。


病室の前には警官が立っていたが、美術商の根回しで疑われること無く入れた。


病室では、君津川が目を開いていた。


「あなたは!それにこいつらも、一体どうして?」


君津川は美術商のことは知っていたが、松井節子とコリンを連れてきたことには驚きを隠せなかった。


「私の手引きで、ここへ連れてきたのです。君津川さんにお聞きしたいことがあってね。」


「俺は何も話す事はありません。」


「いいえ、話して貰わないと困ります。貴方を運んだ後、嶋村和一さんが何者かに誘拐され、お兄さんの嶋村涼一議員が脅迫されているのですから。」


「和一が?」


「ええ、恐らく貴方を襲った犯人でしょう匿名の電話で、警察に嶋村和一さんが貴方をここへ運んだことを知られてしまいました。ですが、まだ誘拐されたことは知りません。」


「くっそ!!アイツの仕業だ。」


「影無き男とかいう人物ですね。」


「・・・。そこまで知っていたのですか。」


「ここにいるコリンさんからお聞きしました。」


コリンは頷いた。


「そうでしたか。奴を追い詰めたまでは良かったが、逆に撃たれまして、このざまです。」


「その男は、嶋村涼一さんの次に、松井節子さんを狙う可能性がとても高いのです。どうか、協力して下さい。」


「協力なんて出来ません。」


「私からもお願いするわ。お話下して。私、知ってますのよ。嶋村涼一が私を狙っていることも。」


松井節子も頼んだ。


「どうして警察に言わないんだ?」


「言っても、証拠は何も無いし、信じて貰えないわよ。出生の秘密とやらは、去年燃やしてしまったから。」


「?!」


君津川は目を更に見開き、言葉が出なかった。

今まで、燃えて無くなったものを探していたのか。


「松井さんは、嶋村涼一先生を思って、『書類は見なかった。』と嘘を言ったのです。しかし、先生はそれを脅威に感じてしまった。何とも悲しいことです。」


「あの女が脅迫したからだ。あの女から聞いたんだ。書類は松井さんが持っていると。だから、きっと貴女も嶋村先生を脅すと思った。それに、貴女の従兄弟は、嶋村先生の政敵でもある。」


「私と従兄弟は、年に1~2回の親戚の集いで会う位の関係よ。調べれば分かることなのに。大体、あの書類が公になれば、ウチだって迷惑をこうむるわ。それで燃やしたの。嶋村涼一に優しくしたら、仇で返ってくるとはね。」


松井節子は嫌味を言った。


「それが今や、自分が依頼した影無き男に狙われている。因果応報です。ですから、影無き男のことを教えて下さい。」


美術商の問いに、君津川は首を振った。


「現在、何処にいるのか見当が付かないのです。」


「でも、貴方は影無き男を追い詰めたと言いましたね。」


「私が知人名義で借りた山梨の別荘にいたことを掴んだのです。そこは、私が雇った男達が隠れ家にしている所でした。奴は、その男達を殺した後は、平気で居座っていました。そのことを知って、私は奴を襲ったのです。その時、嶋村和一君は山の麓に残していましてね。私が奴にやられたのを見付けて、ここへ運んでくれたのだと思います。」


「そうですか・・・。」

「嶋村涼一先生なら知っているかもしれません。奴との契約にも立ち会ったそうですし。確かじゃないのですが、幾つかある嶋村家の別荘にいるのかも知れません。私は今回の仕事で、別荘を一件使わせて貰っていました。なので、奴にも使わせていた可能性があります。奴のことですから、まだ使っているかも。」


君津川は、美術商に地図を持ってこさせ、日本各所にある嶋村家の別荘地に丸を付けた。


担当医が「そろそろ時間です。」と言った。


美術商は礼を言って退室しようとしたが、君津川がコリンのギブスを見た。


「手首を折ったのか。その怪我で影無き男が倒せると思うのか。」


「俺は2度も生き延びた。今度こそ奴を倒す。」


コリンは腰にさしてあったベレッタM92FSを、さり気なく見せた。


「気を付けろ。奴は人間兵器だぞ。」



3人は病院を出た。

美術商は、別荘を当たると言う。


松井節子が言った。

「やはり、嶋村涼一に会わせて下さい。影無き男は、彼に脅迫しているのでしょう。それなら、彼にしか分からない手掛りがきっとあると思うの。」


美術商は困った顔をした。


「僕からもお願いします。脅迫しているという事は、まだ嶋村和一が生きているという事です。このまま時間が過ぎれば、彼の命が危うい。そのことを嶋村涼一にぶつければ、何か言ってくれる筈です。」


「つまり、嶋村和一の命を助ける代わりに、影無き男の手掛りを教えろと嶋村議員に迫る訳ですか。」


「松井さんは俺が守ります。小笠原さんに誓います。」


「分かりました。そこまで仰るのなら。その手筈も整えておきましょう。」


美術商は、松井節子とコリンに今日中に連絡すると言って、車で出立した。


「有難う、コリン。頼むわね。」


松井節子は、コリンの左手を握った。




時は戻り、今朝のことであった。


コリンのGPSが置かれたビジネスホテルの部屋のドアから異臭がするというので、客室係りとCIAの情報部員が入った所、部屋が荒らされていて、食べ物が散乱していた。

ベットに少量の血痕が見付かった。


GPSを調べると、関東中を移動していた。

これは、コリンが影無き男に殺されたのではと、CIAとFBIは睨んだ。


影無き男は、コリンの体にGPSが埋め込まれているのを知っているのか、知らないのか分からないが、コリンの遺体と共に移動していると推測して跡を追った。

奴はコリンの遺体を隠す場所を探していると見ていた。


あの時、ホテルでコリンを捕まえて、影無き男について吐かせればこんな事にはならなかったと、キャロライン・マクマーン捜査官は後悔した。

相棒のジョン・ヘムスリー捜査官も同じ思いであった。


一日中移動して、山梨の別荘地へ向かっているのを確認すると、CIAとFBIは日本の警察の特殊部隊(SAT)を要請した。


それよりも前に、デイビットは情報屋から影無き男が山梨の別荘地にいると聞き、急行していた。


情報屋の話では、影無き男を追っていたアメリカ人を殺して、その遺体と一緒に移動しているらしい。

デイビットは激しい怒りが湧いてきた。

手が折れているコリンを殺したとは。

デイビットは、読みが甘かったと自分自身にも憤怒した。


デイビットは、梨の別荘地へ夕方に着いた。

数十年前からの貸し別荘で、名義上は東京に住む日本人が夏の間を借りていた。


別荘の周囲を偵察したが、カナダの時の様なセキュリティは設置していなかった。

中の様子を見た。

人の住んでいる様子はあったものの、今は誰もいなかった。


情報屋の話では、まだ警察は気付いていないという。

別荘の中へ入った。

所々に、銃弾の跡やナイフで切った跡があった。

ここで、何かが起きていたのは明白であった。


実は、君津川が雇った3人の殺し屋の潜伏先であり、影無き男が彼らを倒した場所でもあった。

日が徐々に陰ってきた。


『おかしい。』

情報屋の話だと、ここに影無き男がいるというのだが、何かが違うと思った。


車の音が遠方から聞こえ、デイビットは急いで別荘を出て、近くの森に逃げた。

SATの車とFBIとCIAのエージジェントが乗った車がやって来た。

SATは突入の準備に入った。

FBIとCIAのエージェントも完全装備で、SATと共に構えていた。


『しまった。罠だ。』

デイビットは舌打ちをした。


日が落ちた。

すると、遠方からCIAのエージェント目掛けて撃ってきた。

倒れたCIAエージェントを囲み、SATが機関拳銃MP5A5を構えた。


次に、デイビット目掛けて弾が飛んで来た。

デイビットは、その場から逃げた。


SATが森を駆け出したデイビットを犯人だと思い、MP5A5を撃った。

デイビットも応戦するしかなかった。


「あいつじゃない!犯人は遠くにいる!」

キャロライン・マクマーンFBI捜査官が叫んだ。

しかし、SAT隊員は狙撃を続けた。


今度は別荘が爆破され、SAT達は身を屈めた。


別荘地から数百メートルの山の頂から、影無き男はいた。

ライフル銃を構え、スコープから別荘の様子を見ていた。

流石にプロなので、皆冷静に対処していた。


スコープは、デイビットを捕らえていた。

影無き男は、わざと外してデイビットの逃げ道を塞ごうとした。

SATはデイビットを影無き男だと、思っているようだ。

山の中にいくつも仕掛けた時限爆弾が、爆発する頃だ。


ライフルを撃ち、デイビットを爆弾の方向へ誘導した。

デイビットが爆弾近くに行くと、爆発音がして、辺りは煙で充満した。


これで、アイツは苦しんで死ぬと思い、満足した。


キャロライン・マクマーン捜査官は、影無き男がいる山を見付けた。

「恐らくあそこから撃った。」


ジョン・ヘムスリー捜査官は、急いでヘリを呼ぶと、キャロライン・マクマーン捜査官と共に数名のSAT隊員を連れてその山へ向かった。


影無き男は、山に向かうヘリを見ると山を降りた。

暗視スコープを付けているので、暗闇の山道も難なく降りることが出来た。


キャロライン・マクマーン捜査官達が到着して、山を捜索した。

薬莢数発を発見したが、影無き男の行方を見付けることは出来なかた。


別荘のある山では、爆弾があちこちに爆発し、小さな山火事が起きていた。


「してやられたわ。」

キャロライン・マクマーン捜査官は嘆いた。


「すると、あのGPSも罠か。そうすると、コリンは生きているのかも知れないな。」

ジョン・ヘムスリー捜査官が言った。

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