FBIのキャロライン・マクマーン捜査官とジョン・ヘムスリー捜査官は、本部からの情報に驚いた。
今、自分達がいるこの日本にコリン・マイケルズがいるのだ。
それも東京に。
出入国者を探しても、コリンの名は見付からなかった。
恐らく、偽造パスポートを使って来日したのだ。
カナダで行方不明になってから、突然に東京に現れた。
影無き男を追って、はるばる日本へ来たと推測された。
影無き男は誰を殺そうとしているのか。
FBIがGPSを細かく調べると、神保町の高藤クリニックにいることが分かった。
2人の捜査官は、コリンを捕まえたかったが、FBIの上司から止められていた。
「影無き男が姿を現すまで、泳がせよ。」
この命令に、共同で影無き男を追跡しているCIAも同意していた。
「裏には、裏の人間に探らせれば良い。どうせコリンは失敗する。そこに踏み込み、私達があの男を倒すのさ。」
CIAの担当者の発言を聞いて、キャロライン・マクマーン捜査官は胸糞が悪くなった。
「どうせ又、奴らも失敗するさ。」
ジョン・ヘムスリー捜査官が、ポツリと囁いた。
そこで、2人の捜査官は、高藤クリニックを調べ始めた。
院長は高藤仁司、60歳、独身。
25年前から、神保町でクリニックを開設し、近所でも評判の良い医師であった。
平日は仕事に追われ、休日は研究会や町内会に顔を出し、裏社会とは無縁の人物であった。
クリニックは緊急の患者を受け入れていたが、街中から離れており、ただ病気や怪我をしただけで、初来日のコリンがあそこへ駆け込むとは考えられなかった。
そこで、家族や友人に広げてみた。
そこから、コリンとの繋がりが見えてくると推測したからだ。
すると、異母妹・松井節子の婚約者・小笠原文武が殺された事件が出てきたのだ。
それも射殺である。
2人の捜査官は、これに飛びついた。
これは、影無き男の仕業なのかも知れないと感じた。
「この小笠原文武という人物、どこかで見たわね。」
キャロライン・マクマーン捜査官とジョン・ヘムスリー捜査官は、お互い目を合わせた。
「そうだ!この男性は、東京の高藤美術館の学芸員だ。確か、コリンの母親の掛け軸を買った人だ。」
ジョン・ヘムスリー捜査官が叫んだ。
高藤クリニックでは、高藤仁司医師がコリンの右手にギブスを巻いた。
肋骨も骨折して、頬も殴られた跡があり、口元も切れていたので、その手当てもした。
コリンが治療受ける時、付け髭を剥がした。
上唇の上はうっすらと髭が生えていた。
それを見ていた、高藤仁司医師は益々コリンに疑惑を抱いた。
「その髭の方が似合ってるわよ。」
松井節子が言うと、コリンは少し微笑んだ。
一通りの治療が終わり、いよいよコリンの右肩からGPSを取り除く手術の準備に入った。
高藤仁司医師は、レントゲンを見て、GPSは右肩の浅い部分に埋め込まれているので、手術は簡単に済みそうだと判断した。
簡単と言われても、コリンは緊張しながら上半身裸になって、手術台へ上った。
50分程が経ち、手術が無事に終わった。
麻酔が効いているので、高藤医師と松井節子の手によって、高藤クリニックの2階にある自宅へ運ばれた。
「この人、弾の傷跡が体中にあったよ。小笠原君の知り合いと言うけど、一体どんな人なんだい?こんなに寝顔が綺麗な人なのに。」
異母兄の問いに、松井節子はこう答えるしかなかった。
「建設会社に勤めているとしか、聞いていないの。その前は、何をしていたかは知らないのよ。」
コリンが麻酔から目を覚ましたのは、朝であった。
1階の高藤クリニックでは、通常の診療が行われていた。
夜中に急患がやって来るのは日常茶飯事なので、看護師や事務員は出勤して、診察の痕跡を見ても不審に思わなかった。
友人が多く、更に妹の松井節子がよく訪問するので、2階に誰がいても従業員は気にする事はなかった。
コリンは痛み止めを打たれたせいか、右手首の痛みが和らぎ、呼吸も少し楽になっていた。
ベットの脇には、ガーゼで包まれたGPSが置いてあった。
コリンは、ベットから上半身を起こし、GPSをズボンのポッケに入れた。
右肩を触ると、ガーゼが張ってあった。
まだ右肩を触ると痛かった。
「お目覚めね。どう気分は?」
松井節子が、朝食を持ってやって来た。
「ああ、良いよ。お兄さんに礼を言わないとね。」
コリンが階下へ行こうとしたが、松井節子は制した。
「診察が終わったら、兄が貴方の様子を見に来るわ。礼はその時にお願いね。その前に、私に全てを話して欲しいの。」
「ああ。約束は守るよ。」
コリンは、松井節子に全てを語り始めた。
まず最初に、自分がリチャードの銃密売グループに所属して、裏社会に関わっていたことから話した。
リチャードとの関係も。
昨年の秋、影無き男と呼ばれる厄介な殺し屋に、リチャードと仲間が殺され、自分が殺されかけ、FBIに捕まったこと、釈放されてからも影無き男を追っていたことも話した。
約1ヶ月前に、影無き男の家を狙ったが返り討ちに遭い、そこでスパイナーのデイビットに助けて貰ったこと、彼の家で影無き男の資料を見付け、奴の次の標的が松井節子であると知り、今月日本へ来たこと全て打ち明けた。
松井節子は、黙ってコリンの話を聞いていた。
「どうして君が狙われるのか分からないが、奴を見付ける為には貴女の側にいるのが一番の地道だと思っていた。騙して済まなかった。これだけは、信じて欲しい。僕にとって小笠原さんはとても良い友人だった。」
「謝らないで。私が貴方なら同じことをしていたわ。それに、小笠原君も貴方のことを、『良き友だ。』と私に言っていたのよ。殺される前に、貴方に会うのが怖いけど、楽しみだとも言っていた。その時は、私は貴方のひいおばあ様の件は知らなかったから、『怖い。』の意味は分からなかったけどね。」
コリンは嬉しかった。
小笠原文武が、自分を友と思ってくれたことに。
「私が不思議に思うのは、デイビットという人は貴方を助けたのに、何故今回は貴方を傷つけることをしたのかしら?」
「俺の手を折ったのは、銃を使わせないようにしたんだ。そうすれば、俺が影無き男を諦めると思ったんだろう。俺が影無き男を追わなければ、影無き男は俺を襲うこともない。彼は彼なりに、俺を影無き男から守ろうとしたんだ。俺は2度も殺されかけたから。それに・・・。」
「それに?」
「俺はデイビットに、『影無き男を諦める。』と約束したのにも関わらず、いとも簡単に破った。俺は彼の気持ちを踏みにじったんだ。怒りをぶつけられて、当然だ。」
コリンはデイビットの気持ちが、痛いほど分かっていた。
「彼のことを、理解しているのね。」
「ああ。彼も影無き男を追っているからね。彼の気持ちは十分に分かるんだ。」
松井節子の指摘に、コリンは素直に答えた。
「でも、俺は復讐心を抑えることが出来ない。何があろうとも、リチャード、仲間、それに小笠原さんの仇を討ちたいんだ。」
コリンの決意に、松井節子は頷いた。
「私も協力させて。」
コリンも頷いた。
「分かった。それはそうと、君が影無き男に狙われると言うことは、誰かが君と小笠原さんの殺害を依頼したことだ。心当たりはあるかい?」
「私も何故狙われているのか、分からないわ。これが去年なら分かるんだけど。」
松井節子の言葉に、コリンは敏感に反応した。
「去年、何かあったのか教えて欲しい。ヒントが見付かるかも知れない。」
今度は、松井節子が語る番になった。