この日から熱も徐々に下がり、コリンの気力は回復していた。
ベットから起きている時間が長くなり、右足の痛みは日に日に軽くなった。
その間も、デイビットがシャワーを浴びた時や買い物に出た時は、書斎に潜り込んでいた。
書斎の書類やパソコンのメールをこっそりと覗いた。
やはり、影無き男の次の標的は、松井節子だと確信した。
依頼人までは特定出来なかった。
何故彼女なのか?
どの書類を見ても、彼女は東京の小さい美術館の館長であり、裏社会とは全く縁の無い女性だ。
小笠原文武が話してくれた松井節子は、白い薔薇の様に華やかで、強い人だ。
決して、人に殺されるような人では無い。
驚いたことに、小笠原文武がデイビットと接触していたことが分かった。
どうして、影無き男のことを知ったのだろうか。
そこまでは分からないが、小笠原は婚約者の身を守るために行動していたようだ。
デイビットがここにいるということは、まだ影無き男は動いていないということだ。
書類やメールを見て、判明したこと2つがあった。
1つ目は、リチャードのグループに接触し、武器を買いに来たハワイから来た男も、影無き男であったということを。
ハワイでの仕事を終えたので、口封じの為に、自分達に銃を向けたのだ。
2つ目は、FBIがリチャード達を殺した男が、影無き男だと分かったのか。
FBIは、数多くの男達の写真を分析し、顔の作りから頭蓋骨を割り出して照合した結果、どれも同じ人物で、影無き男であると導き出したのだ。
自分を撃った、赤いシャツを着た蛇の目の様な男も、影無き男と分かったのも、頭蓋骨が同じ形であったからだ。
いくら変装しても、骨までは変える事は出来ない。
物音がすると、コリンは素早くベットに戻った。
デイビットは自分に気があるが、コリンは決して彼を誘惑しなかった。
誘惑して情報を聞き出す方法もあるが、そんなことをしてリチャードを裏切りたくなかった。
そこで、コリンは影無き男に負けて、落ち込んでいる振りをした。
デイビットは、コリンの演技を信じ込んでいた。
デイビットの家に滞在して半月が経った。
コリンがデイビットに告げた。
「体調も良くなったし、俺はもうサンディエゴに帰る。影無き男のことは、諦めるよ。堅気に戻るよ。約束する。」
デイビットは嬉しい反面、コリンとの別れに悲しくなった。
最後の夜、デイビットは影無き男との因縁を話した。
「およそ1年半前のことだ。武器の製造・密売をしていたエドワードを通して、ある依頼が来たんだ。俺は受けた。だがその直後、彼は影無き男に殺されてしまった。怖くなった依頼人は、仕事をキャンセルしてきた。それが裏社会では、俺が仕事を失敗したとの噂が流れてしまってね。それを期に引退したんだ。」
コリンもその噂は聞いていた。
「リチャードは『そんなの出鱈目だ。』と言ってた。僕もそう思っていた。」
「2人にそう思ってくれただけで、俺は満足だ。影無き男のことは、CIAとFBIに任せた。一生食うに困らない金があるし、今の穏やかな生活は俺には合っている。」
コリンは嘘だと思った。
デイビットは、きっと影無き男を倒そうとしている筈だ。
デイビットも、まだ影無き男を諦めていなかった。
失敗したと噂を流したのは、影無き男だと確信していた。
今の生活は合っているのは本当の気持ちであったが、まずその前に汚名を雪がねばならなかった。
翌日、デイビットはコリンをサンディエゴまで、飛行機と車を使って送った。
デイビットは努めて明るく振舞い、コリンはそれに応えた。
アパートの前で、コリンは荷物を受け取った。
「いろいろと世話になったね。有難う。」
「いいんだ。元気でな。」
コリンがアパートに入るのを見届けると、デイビットは車に戻った。
お互い、とても寂しかった。
暫くして、気持ちが落ち着いたコリンは、荷物を纏めると、バスターミナルへ向かい、サンフランシスコ行きのバスに乗った。
裏社会の知人に会う為だ。
サンフランシスコへ着くと、安宿を借り、近くのインターネットカフェに行った。
アパートにあったMacBookは、置いてきた。
それを使うと、FBIに自分の行動を知られてしまうからだ。
インターネットカフェで、ジーメールのアドレスを新たに作り、松井節子にメールを送った。
日本へ行くと伝えるために。