6時間以上車に乗せられて、コリンは吐き気を催した。
こんなことは、初めてであった。
デイビットに車を止めてもらい、道路の脇で吐いてしまった。
デイビットは背中を擦ったり、ミネラスウォーターが入ったペットボトルを差し出したりと、コリンを介抱した。
コリンは、自分がこれ程まで弱いとは思わなかった。
とても落ち込んだ。
デイビットは、助手席を倒し、トランクから毛布を取り出して、コリンに渡した。
「家まで、まだ時間が掛かる。横になれ。」
デイビットの優しさに、コリンは素直に従った。
ワシントンD.C.にあるFBI本部にいた、キャロライン・マクマーンとジョン・ヘムスリー捜査官は、上司に呼び出され、会議室へ向かった。
会議室に入ると、上司のほかに3名の男達がいた。
「こちらは、CIAの方だ。」
上司は、男達を紹介した。
マクマーン捜査官は、ピンと来た。
この男達も、影無き男を追っていると。
上司は、先日の出来事を話した。
「8ヶ月前に辞職したFBI捜査官は、実はCIAが引き抜いていたんだ。別の件だったらしいがね。今回のCIAの計画では、彼が裏社会の人間を使って、影無き男を倒すことになっていた。それで先日、カナダの奴の家を急襲したが、失敗した。彼も含め、3人の男が逆に殺された。1人は行方不明だ。」
マクマーン捜査官は、それはコリンだと察した。
ここ数日、彼の右肩に埋め込んだGPSが異常をきたし、行方は分かっていない。
カナダに元FBI捜査官と行ったことしか、把握していなかった。
CIAが絡んでいるので、きっとGPSに細工をしたはずだ。
3人の中で年長の男が、話し出した。
「先程、うちの上司とこちらの上司と話し合った。お互い、同じ男を追っていたことでね。情報の共有が出来ていなかった。この事を反省して、これからはお互いに協力し合ってくことになった。宜しく。」
「今更、協力ですか?!」
マクマーン捜査官を、上司は宥めた。
「お互い意思疎通が出来ていなかったんだ。これからは、お互いの理解が必要だ。」
年長の男は、CIAと影無き男との関係を話した。
「影無き男、我々は“ミミックオクトパス”と呼んでいる。一時期、欧州や中東において、我々に協力したことがあった。当時、彼はニック・オクトーバーという家出人のIDを使っていて、当時の我々はすっかり奴を信用していた。彼は変装の名人で、とても有能な男だった。」
釣り好きなキャロライン・マクマーン捜査官と、スキューバーダイビングを趣味とするジョン・ヘムスリー捜査官は、ミミックオクトパス(擬態する蛸)について知っていた。
インドネシア海域に生息する、色んな生物に変身する蛸のことである。
変身能力が高い故に、この蛸の存在を世間がしったのは最近のことである。
「その有能な男がどうして、貴方に追われる身となったのですか?」
「報酬を巡って、担当のCIAエージェントと喧嘩してね。怒った奴は、エージェントを殺して、我々の前から消えたんだ。」
マクマーン捜査官の問いに、ばつの悪そうに、年長の男が答えた。
「我々は、ミミックオクトパスが、FBIの追う“影無き男”とは別人だと思っていた。奴が活動したのは、欧州や中東だったし、エージェントを殺したのはスイスでの事だった。まさか、アメリカ国内にいるとは思わなかった。しかし、我々が先日保護したハッカーのジェローム・ゲイがもたらした情報から、同一人物と分かった。」
「軍を混乱に陥れた、ハッカー集団のリーダーのジェローム・ゲイを保護したんですか?」
ジョン・ヘムスリー捜査官が驚いた。
「彼らは、ハッカーのスパイクこと、トニー・バーネットに嵌められた。彼らの証言に基づいて、我々が調査した所、それが証明された。近く、正式に発表する予定だ。そのトニーだが、影無き男に麻薬を打たれ、操られていたそうだ。先日、うちのエージェントがカナダの奴の家に急襲したとき、影無き男が我々の動きを知っていたのは、そのせいなんだ。トニーは家の近くで発見され、我々が保護している。少しづつ、トニーから情報を聞き出している所だ。」
年長の男は、トニーの証言が書かれたファイルをFBI捜査官達に渡した。
「何てこったい!先日のコンピューター・ウィルスの件も、トビーのせいだったのか。」
ファイルを読んだ上司は、嘆いた。
「FBIの捜査を混乱させる目的で、影無き男が仕組んだんだ。」
「で、奴の次なる動きは?」
上司の問いに、年長の男はぼやいた。
「不明だ。奴が我々の動きが掴めなくなったからには、動けないはずだ。その間に、奴の居所を見つけ出さなくては。」
CIAとFBIは、影無き男が日本で活動していることを知らなかった。