コリンは、声を掛けてきた30代の男を連れて、近くのファースト・フード店へ歩いた。
情報屋をしているという30代の男は、トビーと自己紹介をすると、メモを渡した。
「ジェローム・ゲイからの伝言だよ。」
歩きながら、コリンはメモを見た。
『有難う。僕と叔母さんは、無事だよ。恩に着るよ。このお礼はきっと返すから。』
「彼は、東部に住む俺のダチの所にいるよ。何か返事はないか?」
トビーが聞いた。
「何もないよ。」
コリンはそっけなく答えた。
「冷たいな。お前ら仲間なんだろう?!」
「仲間じゃない。サツやFBIの情報を知りたいとき、ハッカーのジェロームに頼んだだけだ。俺はそんなに親しくはないよ。」
「だけど、ジェロームは、お前から2回も金を貰ったと言ってるぞ。それに、命を助けて貰ったって。」
ジェロームは、トビーに色々話しているようだ。
過去に、コリンは厳重に封された封筒を、ハーレムに住んでいたジェロームに渡したことはあった。
だが、それが現金とは知らなかった。
「金は、俺がいたグループから出たもので、俺は奴に渡しただけだよ。当時は、それが金とは知らなかった。ジェロームが親しかったのは、俺と一緒のグループにいた、ハッカーのフレッドだ。俺としては、奴の無事が分かればそれで良いのさ。」
「そうか。あと他に、もう一つ話したいことがあるんだ。」
2人は、ファースト・フードに入ると、コーヒーを注文し、一番奥のテーブルへ座った。
「話ってなんだい。」
「“影無き男”を捜しているんだ。お前、何か知ってるか。」
30代の男の発言に、コリンは周囲をチッラと見た。
店には、多くの客がいるが、皆それぞれの会話に夢中であった。
「アイツのせいで、俺の商売が上がったりなんだよ。お前さんは、アイツに殺されかけたのに、FBIには何も言っていないんだってな。お前もアイツを追っているんだろう。何でも良いから教えて欲しいんだよ。」
「誰に聞いた。」
コリンの目が猟犬のように鋭くなった。
「俺は、色んなところにコネがあるんだ。正直に言うと、俺と組んでいた殺し屋が奴によって消されたんだ。俺は、殺しが出来ないけど、“影無き男”を探し出して、FBIに突き出してやることは出来る。」
「俺を殺そうとしたのは、赤いシャツを着た蛇の様な目をした男だったんだ。皆がいう、赤毛の若者じゃないんだ。ジェロームにも、そう言ったんだ。」
「そうか。これを見てくれ。」
トビーは、数枚の写真を見せた。
どれも、別人の男性であった。
その中の1枚に、コリンの目が釘付けになった。
防犯カメラに写っている、車を運転している男こそが、仲間を殺し、コリンを殺そうとした男であった。
「こいつだよ。」
コリンは、写真を突いた。
トビーが言った。
「これは、同一人物なんだよ。」
コリンは驚嘆した。
どの写真を見ても、共通点が無い。
年齢も、体格、髪の色、肌の色、目の色、耳の形、それに身長も、バラバラであった。
「FBIが写真を分析したんだ。耳の形が違うので、分かるまでに時間が掛かったそうだ。FBIが知っていることは、これだけだ。」
コリンは数枚の写真を見比べた。
まるで別人の様に、変装しているではないか。
こんな男を、自分は追い掛けようとしていた。
「何か特徴がないのか。」
「派手な服装を好む傾向にある位かな。俺も探しても、どこをどうやれば良いのか困ってたんだ。全く、影も無い男だよ。」
トビーは、コーヒーを飲み干して、ぼやいた。
「俺も追いかけたいが、今は出来ないんだ。」
コリンは、暗い表情をした。
「何でだ。」
「FBIの野郎が、俺の肩にGPSを付けやがった。人が多いこの店に来たのは、FBIの目を眩ませるためでもあるんだ。」
トビーの顔が曇った。
「下手に取る訳にもいかねえしなあ。何か情報が入ったら、又お前さんに知らせるよ。」
トビーはそう言うと、席を立った。
コリンも少し間をおいてから、店を出た。
アパートに帰って、MacBookを開くと1件のメールが入っていた。
コリン・マイケルズさんへ
突然のメールをお許し下さい。
私は、小笠原文武の婚約者で、松井節子と申します。
恐らく、日本の刑事さんから、悲しいお知らせを聞いたと思います。
小笠原の件は、私も家族も悲嘆にくれています。
さらに悲しいことを、お知らせしなければなりません。
これは捜査の為、まだ公表されておりませんが、貴方だけにお知らせします。
実はあの日に、お母様から頂いた小野小町を含め、2幅の掛け軸が盗まれていました。
警察は、強盗殺人と見ていますが、私は違うと思います。
きっとこれは、何か深い理由があると思っています。
コリンさん、貴方は彼から何か聞いていませんか。
どんな些細なことでも良いのです。
教えて下さい。
近いうちに、貴方に会って話がしたいです。
松井節子
母が大事にしていた掛け軸も盗まれたことに、深いショックを受けた。
日本の捜査は、上手くいっていないようである。
松井節子は、自力で真相を探ろうとしていた。
コリンも、彼女の言うように、ただの強盗殺人ではないと思った。
これも何か引っかかるのだ。
コリンは、小笠原との会話を思い出していた。
2日後。
トビーは再び、仕事帰りのコリンを待っていた。
「お前さんにとって面白くない情報を持ってきたよ。」