憔悴しきった両親を放ってはおけず、コリンはこの日も泊まることにした。
幸いなことに、この日は金曜日。
週末は仕事を入れていなかったので、コリンはもう少しだけ両親の側にいようと思った。
この夜、再び銃を突き付けられる夢を見てしまい、夜中に何度も起きてしまった。
翌日、心配した父・スティーブンの姉・アンが、夫のジョージを連れて訪問した。
元気なアン夫婦の登場に、家中が明るくなった。
アンは、両親を励ますと、中古のノート・パソコンを貸してくれると言ったので、両親はとても喜んだ。
笑顔の両親と伯母夫婦を見ると、コリンは気分が軽くなった。
明るい一日を過ごして、コリンはサンディエゴに戻った。
それから3日後、ノースカロライナ州の広大な農場に、1人の男が車を止めた。
美しいブルーブリッジ・マウンテンズが、遠くに見える。
初夏なので、カジュアルな格好をした細身で茶色の髪の男は、農場主の邸宅に向かった。
今、農場主の邸宅には、1人の16歳の少年が自室で、こっそりとノート・パソコンをいじくっていた。
農場主夫妻は、経営者の懇親会に出て留守にしていた。
彼の名前は、トニー・バーネット、インターネットの中では“スパイク”と名乗り、恐れられていた。
天才的なハッカーの才能を持ち、それ故に傲慢な性格が育まれてしまい、大企業の業務を停止させたり、CIAを混乱させる事件を引き起こすようになった。
1年半前にCIAは、彼の行為に快く思っていないハッカー達の協力を得て、極秘裏にスパイクを捕まえた。
スパイクことトニー・バーネットは、成人するまでインターネットに触れることを禁止する判決を受けた。
両親は、彼を親戚の住むノースカロライナの農場へ移住させた。
彼にとって、この1年半は苦痛そのものであった。
単調な毎日、退屈な話しかしない親戚夫妻、つまらない農作業、インターネットに繋がっていない古ぼけたパソコンにしか触らせてもらえない。
学校に行っても、簡単すぎる授業、教師や同級生は愚かな連中にしか見えず、友人は1人もいなかった。
その苦痛の生活を、突然変えてくれた人物が数ヶ月前に現れた。
ジム・ウィリアムソンとかいう男は、親戚のいない隙に訪問した。
恰幅が良く、テンガロン・ハット被った南部訛りの男は、自分の言うことを聞いてくれれば、苦痛から開放してくれると言ったのだ。
トニーがその申し出を受けると、インターネットに繋がるノート・パソコンを与えてくれた上に、5千ドルの現金までくれた。
彼は瞬く間の内に腕を取り戻し、先月には男の言う通りに、FBIの内部にコンピューターウィルスを撒き散らした。
しかし、トニーは人の言う通りには動かない少年であった。
こっそりと、軍のコンピューターを混乱させ、その罪を自分をCIAに引き渡したハッカーの連中に擦り付けた。
その他にも、トニーは仕掛けをした。
彼にとって、ハッカー達のリーダー格のジェロームが特に許せなかった。
トニーは、ジム・ウィリアムソンについても調べていた。
幾つかの州売春宿を経営していて、FBIが追っているので、その目を逸らしたいと言っていた男。
FBIのコンピューターに侵入した時、その男のことも捜した。
該当する男はいたが、FBIのファイルの写真の男とは、面相が違っていたのだ。
この男について、正体を暴き、弱みを握るつもりでいる。
玄関から、呼び鈴が鳴った。
トニーは窓から声を掛けると、細身の男はドアを開け、2階のトニーの部屋へ入っていった。
トニーは簡単な挨拶をすると、パソコンの画面を再び見た。
細身の男は、ジム・ウィリアムソンの使いの者といい、一度面識があった。
今日も、FBIの捜査状況を聞きに来たに違いない。
「人を雇ったね。ジムは怒っているよ。」
男は単刀直入に言った。
「何のことだい。」
トニーはとぼけた。
「サンディエゴで、ならず者を雇ったね。男は失敗した。ジェローム・ゲイは、今も逃げている。ガキが、こんなことをしていはいけない。」
トニーは、男を見た。
男は、無表情だった。
1週間が過ぎた。
夕方、仕事を終えたコリンは、疲れていた。
悪夢に襲われ熟睡できない日々が、再び続いていたからだ。
いよいよ、睡眠薬の世話になるしかないなと考え始めていた。
アパートの入り口で、長身で30代の男が声を掛けて来た。
「コリン・マイケルズさんだね。」
コリンは、一瞬でこの男が裏社会の人間だと察知した。