目次

夜の11時過ぎに、コリンはロス郊外のマンションに着いた。

既に、鑑識班が捜査を終えて、部屋から出るところであった。

部屋の中では、警官2名に、両親が事情を聞かれていた。


居間にあったパソコンがなくなった以外は、いつもと変らない小奇麗な部屋であった。

母・美賀子は、気丈に対応していた。

しかし、父・スティーブンは時々感情を高ぶらせて涙を流していた。

脳血管性認知症になってから、穏やかな父は涙を流すことが増えた。

コリンが来たことで、父は余計泣き、コリンは父を抱きしめて、落ち着かせた。


友人での夕食会が終わって、午後9時過ぎに帰宅した両親は、居間にあるパソコンがないことに気付き、泥棒が入ったことを悟った。

パソコンは4月に引越した時に、SONY製のVAIOの最新版に買い換えたばかりであった。

他になくなった物はないかと、探したが見当たらなかった。

現金がキッチンの棚の奥に隠してあったものの、それは盗まれていなかった。

美賀子は、直ぐに警察に通報し、その後にコリンに連絡したのだった。


警官は、一通りにコリンにも事情を聞くと、引き上げた。

親子3人は、ソファに腰掛けた。

美賀子は、疲れがどっと出てきて、ソファの上でぐったりした。


コリンは台所へ行き、両親のために2人が好きな緑茶をいれた。

マグカップをコリンから渡され、緑茶を飲み、一息ついた美賀子は、「ふーっ。」と息を大きく吐いた。


「いくらパソコンが、最新版だからって、それだけを盗むかしら。」

「今の泥棒は、目の前のものしか興味がないんじゃないかな。部屋を隅々まで探すのは、面倒なんだよ。」

美賀子の問いに、コリンはこう答えた。


すると、チャイムが鳴った。

コリンが出ると、鍵屋であった。

美賀子が呼んだのだ。

鍵屋は、美賀子の要求通りに、テキパキと丈夫な鍵へ2つ付け替え、内から閉める鍵も1つ付け加えた。

30分もしない内に、全ての作業を終えて、鍵屋は帰った。


「これで、ようやく落ち着いたわ。」

美賀子が安心したように言った。

疲れてソファで寝てしまったスティーブンを、美賀子は優しく起こし、寝室へ連れて行った。


コリンは、居間のソファで横になったが、まんじりもしないで夜を明かした。

平穏な日々が、突然断ち切られたのだ。

それが限られた日々と分かっていたが、こんな形で終わるとは、予想もしていなかった。

ジェロームのことと実家でのことが、なにか引っかかる。


朝を迎え、コリンは仕事に電話をかけ、昨夜のことを説明して今日の仕事を休んだ。

母も、今日は仕事を休むという。

3人で遅めの朝食を食べていた時に、チャイムが鳴った。


コリンは、一瞬FBIが来るのではと思った。

昨夜のことがある。

GPSを右肩に埋め込まれているので、FBIは自分の行動を察しているはずだ。


内心ドキドキしながら、ドアスコープで外を覗いた。

スーツ姿の東洋人が2名立っていたので、落ち着いた。

2名とも男性で、1人は温和な中年、もう1人は険しい顔つきの青年であった。


コリンがドアを開けた。

温和な中年が、たどたどしい英語で聞いた。

「ここは、、、コリンズさんのお宅ですか・・・。あのう、美賀子さんはおられますか。。」

「ええ、そうです。日本語で大丈夫ですわ。家族は、日本語が話せますのよ。」

美賀子が答えた。


美賀子とスティーブンは、結婚当初から家の中では日本語を使っていた。

コリンが生まれてからも、両親は殆ど日本語で会話していたので、コリンは日常会話程度の日本語なら理解できる。

現在は、スティーブンの病状もあり、英語と日本語の半々になっていた。


「それなら、良かった。私達は、警視庁捜査第一課の者です。東京からやって来ました。昨夜、何度かお電話して、留守電にメッセージを入れたのですが、お聞きになっていませんか。」

刑事は日本語で話し、警察バッジを見せた。

美賀子はハッとした。

昨夜の泥棒騒ぎで、電話に出る気もせず、まして留守電も聞いていなかったのだ。


「申し訳ありません。昨日、泥棒に入られてしまって、バタバタしていて、留守電を聞いていなかったのです。」

美賀子は謝罪し、刑事を部屋に入れた。


「泥棒ですか。それは、大変でしたね。皆さん、大丈夫ですか。」

刑事は、玄関を見渡して言った。

「パソコンだけ盗まれました。あとは、大丈夫です。両親は無事です。夕べ、警察から聞いていなかったのですか。」

コリンが逆に刑事に尋ねた。


「いえ、全く地元の警察から聞かされていません。変ですね。」

温和な中年の刑事が答えた。


「きっと、上にあがってくるのに時間が掛かっているのでしょうね。昨日、地元の警察署長には挨拶をしたのですがね。我々は、インターポール(ICPC、国際刑事警察機構)を通じて、こちらへ来たので、この辺りの事は良く知らないのです。」

険しい顔つきの刑事が答えた。


「あの、どういったご用件でしょうか。」

美賀子が尋ねた。


「東京にある高藤美術館で学芸員をされていた、小笠原文武さんのことはご存知ですか。」

温和な中年の刑事が話の本題に入った。


「ええ、勿論。何回かお会いしています。私の持っていた絵のことで。」


「最後にお会いしたのは、何時ですが。」


「先月です。家族皆で会いました。とても良い方ですのよ。」


「その様子だと、ご存知ないようですね。小笠原文武さんは、数日前に東京で殺されました。」

刑事の一言で、家族は凍りついた。

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