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翌朝から、コリンはカリフォルニア州での職探しを始めた。

銀行口座が凍結されていなかったが、財布の中身をかき集めても、1000ドルにもならず、手っ取り早く現金を手に入れる必要があった。


暫く、コリンは両親の側にいるつもりだ。

FBIが自分に目を向けなくなった頃を見計らい、コリンはリチャードと仲間の仇を取るつもりだ。

赤いシャツを着た蛇の様な目をした男を、どんなにかかろうとも、どんなことをしてでも、きっと探し出してみせる。

命の危険にさらされるは、良く分かっている。

それまでは、家族の為に尽くそうと思った。


コリンは、FBIから支給されたMacBookを使って職を探した。

監視されていることは分かっているが、足を洗ったと思わせる必要性があった。

ラッキーなことに、ロスから車で約2時間のサンディエゴの建設会社が、作業員の募集をしていたのを見つけた。

未経験でも可、と書いてある。

これならと、直ぐに応募した。

かなりの応募があるかと思い、コリンは他にも探した。

その建設会社は景気が良いのか、数時間後には面接したいとのメールが来た。

翌日、コリンはバスでサンディエゴへ行くと、とんとん拍子に話が進み、見習いとして採用された。



同じ日、アラスカ州・アンカレッジの空港に、一人の初老の男が降りた。

3月はまだ寒い。

男はレンタカーを借りて、マッキンリー山が望む、近代的でかつ周りの森に溶け込んでいる家へと向かった。

家は広い敷地に囲まれ、辺りは人の気配が全く無い。

「寂しいところだな。」

初老の男は、率直に思った。

門のインターフォンで、自分の名前を告げると、門が自動的に開いた。

さらに、奥へ車を進めて、玄関前に着くと、2メートル近い身長があり、豊かな金髪をオールバックにした男が出てきた。



「久しぶりだな。よく来てくれた。」

厚い黒いセーターを着ている為か、鍛え抜かれた体が隠れている。

精悍な顔つきをした40代の男は、初老の男性を家へ招き入れた。

右頬には浅くなっているものの、今もかすかに傷が残っている。

「もう、1年4ヶ月ぶりか。」

初老の男は呟き、居間のソファに座った。

洒落た北欧製の家具が、家の中を飾っていた。


「影のない男が見付かったのは、本当か。」

金髪の男は、コーヒーを男に差し出すと、反対側のソファに座り、本題に入った。

この1年4ヶ月の間、この2人の男は“影のない男”を追っている。

その男のせいで、初老の男の商売は干上がり、金髪の男は引退を余儀なくされたからだ。

男を倒さなければ、金髪の男のプライドが許さなかった。


「見付かったというより、あいつの次の標的が分かったんだ。」

「で、標的は誰だ。」

「日本人の松井節子なんだ。東京の高藤美術館の館長をしている。」

金髪の男は、高藤の名に聞き覚えがある。


高藤美術館は、高藤商事が創立したものである。

高藤商事は、東北の地主の次男である高藤正次郎が大正時代に設立し、昭和初期の激動の流れに乗り、海運業、建設業、製鉄業、観光業で巨大な財を築いた。

ハーバード大学に留学経験があり、米国高官にコネクションを持つ高藤正次郎は、敗戦後も財を増やし続けた。

しかし、高藤正次郎が昭和40年(1965年)に85歳で亡くなると、事業の拡大は止まった。

それが幸いして、高藤商事は1990年にバブル崩壊が起きたが、切り抜けることが出来た。

現在は、三代目の小太郎が継いでおり、インドに活路を見出している。

高藤美術館の方は、初代の末娘の松井鞠子が理事長、その姪で養女の松井節子が館長を務めている。


「どうして、標的が分かった?」

金髪の男は、初老の男に聞いた。

「松井節子の婚約者が、俺に接触してきたんだ。彼女を、影のない男から守ってくれとね。婚約者の名前は、小笠原文武と言って、高藤美術館の主任学芸員をしている。」

初老の男は、分厚い資料を渡した。


金髪の男は、早いスピードで資料を読む。

1枚の写真に、手が止まった。

見覚えのある男がいた。

コリン・マイケルズである。

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