コリン・マイケルズは、6年振りに故郷のシアトルへ戻った。
西日が差しているせいか、街が何もかも輝いて見えた。
空港に着くと、真っ直ぐに郊外へ向かうバスに乗り換えた。
実家が近づくと、コリンは胸の高まりを抑え切れなかった。
実家は、何一つ変っていなかった。
庭は、いつもの様に手入れが行き届いていた。
事前に両親には、今日帰ると伝えてある。
そのせいか、家からコリンの好物のアップルパイの匂いがした。
呼び鈴を押すと、直ぐに父・スティーブンが出てきた。
顔をくしゃくしゃにさせて、コリンを迎えた。
『痩せたな。』
皺が増えた父を見て、コリンはそう思った。
お互いハグし、家の中へ入った。
母・美賀子が、台所から飛び出してきた。
母は、腰まであった長い髪を切り、ショートにしていた。
『母さんも、年を取ったなぁ。』
白髪の増えた母を見て、そう思った。
6年の長さが、身に染みた。
弟のケビンは東部の大学へ行っており、今夜は親子3人の夕食となった。
コリンは、なるべく明るい話をした。
取引でしばしばカナダへ訪問していたので、話は尽きなかった。
ケベックで高校の時に学んだフランス語が通じて嬉しかったことや、ナイアガラの滝の壮大さについて話した。
両親の笑顔を見て、リチャードをここへ連れてきたかったと思った。
デザートのアップルパイを食べ終わり、コリンは温めていた事を話した。
カナダの軍事工場を辞め、ロスかその近くの都市で仕事を探すことにしたと。
両親は喜んだ。
両親の引越しは、来月の4月と決まっている。
ロスに著名な認知症専門の医師がおり、彼の診察を受けるため、病院の近くのマンションへ移るのだ。
それに、ロスは父が生まれ育った所であり、終の棲家を故郷に定めたのである。
母も転職先が見付かり、父には訪問介護士が付く事になり、大体の道筋が立っていた。
美賀子が言った。
「今回の件で、小笠原さんには大変お世話になっているの。」
「誰だい。」
スティーブンが尋ねた。
父の認知症が進行していることに、コリンはハッとした。
美賀子は、スティーブンに初めて話すかのように振舞った。
「東京にある、高藤美術館の学芸員の方よ。小笠原文武さんと仰るの。私が祖父から貰った絵を、買い取りたいと言う方なのよ。昨年、私達がロスへ引っ越すことを話したら、色々支援して下さったの。住むところを探していたら、マンションを紹介して下さったり、私の転職先も見つけて下さったのよ。本当に、良い方よ。」
コリンは、何かひっかるものを感じた。
裏社会で培われた、勘と言うべきか。
「ああ、そうそう。来週末に、小笠原さんが家にいらっしゃるわ。絵のことでね。あの絵を、渡すことになってるのよ。その時に、ケビンも帰ってくるから、あなたもいてね。」
美賀子の願いに、コリンは肯いた。
『よし、その人に会ってから見極めよう。』
話は夜遅くまで弾み、コリンは久しぶりに2階の自室へ入り、ふかふかのベットに横になった。
布団も心地よい。
この夜、コリンは思う存分涙を流した。
リチャードが、たまらなく恋しかった。