弁護士は、検事から渡されたものだと言って、紙をコリンに渡した。
FBIが、コリンのホットメールにに勝手にアクセスし、コリン宛てのメールをプリントしたものだった。
最初は、弟のケビンからのメールであった。
兄さん、
携帯に何度も電話やメールを、全然出ないね。
もしかして、携帯を失くしたの?
母さんも連絡したけど返事が無いって、心配しているよ。
返事を待ってる。
ケビンより
日付を見ると、撃たれた3日後であった。
もう一枚を見ると、その次の日にもメールが来ていた。
兄さん、
何かあったのかい。
パソコンも使えない状態なのかい?
実は、父さんの状態が悪くなる前に、家を売って、お父さんの故郷でもある、ロスに戻ることにするんだ。
ロスの伯母さんも、賛成してくれたそうだ。
引越しは、来年の春と決まった。
それと、日本の美術館から、母さんの持っている絵を買い取りたいと連絡が来たそうだ。
あの、綺麗な貴族の女性の絵だよ。
母さんは、あの絵を売ることに決めたんだ。
僕は、残念に思うよ。
来年早々に、美術館から人が訪れるそうだ。
早く返事をくれよ。
ケビンより
父のスティーブンは、7年前に脳梗塞が見付かったものの、大事には至らなかったが、やがて脳血管性認知症になり、勤務していた飛行機会社を辞めざるを得なかった。
まだ、55歳の若さであった。
スティーブンは、記憶力の低下や歩行障害に悩まされる様になり、コリンは父の治療費のため、必死に休み無く働いていた。
6年前、コリンが裏社会へ飛び込む時に、家族には、リチャードのペーパーカンパニーの一つである、カナダの軍事工場で働くと言ってあった。
リベラルな思想を持つ両親は反対したが、コリンの説得で渋々納得してくれた。
リチャードと行動を共にしてから、家族とは殆ど会っていないが、裏社会で得た金は殆ど仕送りにあてた。
母・美賀子からのメールもあった。
愛しいコリン、
お父さんが倒れてから、あまり会えないけど元気にしているの。
コリンのお陰で、どれだけ家族が助かったか分からないわ。
とても感謝しているの。
さて、お父さんと今後のことを話し合って、ロスに引っ越すことにしました。
シアトルはいい街だけど、お父さんの故郷のロスが良いと結論になったの。
ロスは暖かいから、お父さんの体にも良いし、何しろ伯母さんがいるから、私も安心できるしね。
引越しは、来年の春の予定です。
丁度良い時に、日本の高藤美術館から、お母さんが持っている絵を買いたいと連絡が入ったの。
びっくりしたわ。
だって、あの絵がそれ程の価値があるなんて知らなかったわ。
きっと、日本の祖母が私のことを教えたのね。
あの絵を売って、引越しの足しになれば良いけどね。
忙しくしているのは分かるけど、どうか無理しないで、自分の体を大事にしてね。
愛をこめて
母より
日付は、コリンが撃たれた日であった。
母・美賀子は、日本で父と出会い、家族の反対を押し切って結婚したので、渡米してから、一度も里帰りをしていない。
美賀子は日系の旅行代理店で長年働いているが、コリンの仕送り無しではリチャードの治療費とケビンの学費を支払うことは不可能であった。
母の懐かしいメールに、コリンは体が温まる思いがした。
ケビンと美賀子が言っている絵とは、六歌仙の一人の小野小町が描かれている掛け軸のことである。
40年前、成人を迎えた美賀子に、骨董収集が趣味の祖父がプレゼントしたものであった。
時々その掛け軸を日干ししていた、若き母の姿を思い出す。
小野小町が着ている鮮やかな衣装を見るのが、コリンもケビンも好きであった。
あの日本画を売るのかと思うと、コリンも寂しい思いがした。
売らなければならない程、父の治療費が掛かっているのだろうか。
コリンは、メールを何度も読み返した。
『それにしも、検事やFBIの連中は何て姑息な手を使うんだ。俺の動揺をさそって、情報を引き出そうとしている。』
今すぐに返信したいのに、出来ない状況にイライラして、コリンは唇を噛んだ。
病室に医師がやってきて、弁護士はそのまま退室した。
前の晩から食欲が無い上に、夜に飛び起きたりしたことがあり、医師は念入りに診察した。
尋問に耐えられると診断されたらしく、医師と病室を出て間もなく、FBI捜査官が入って来た。