乱世の時代。


若武者は戦に負けて国に帰る途中、一族とはぐれた上に道に迷ってしまった。

供は、愛馬一騎のみ。

夜が来て、森の中に彷徨っている若武者に落人狩りの魔の手が迫って来る。

辛うじて落人狩りを逃れたと思ったが、森を抜けた先は断崖絶壁で青々とした海が眼下に広がっていた。


若武者は自決を決意した。

しかし、愛馬だけを残す訳にも行かない。

愛馬の行く末を思うと、供にあの世へと若武者は思った。

そして、馬を駆けさせ断崖を思いっきり飛び、海へ潔く飛び込んでいった。


それを見ていた謎の中年男が、まだ息のある若武者を助けた。

悲しいことに、愛馬は亡くなっていた。


暫くして、若武者は目を覚ました。

断崖の穴の中にいた。

丁重に介抱された形跡があった。

そばに老人が付いているのだが、耳が遠くて若武者と意志の疎通が出来ない。

そんな時に、謎の中年男が粥を持って現れた。


謎の中年男は、国の内紛で追われた武士であり、諸国を放浪した後にこの絶壁に庄を作った者であった。

最初は、その男と僅かな親族で住んでいたが、その内に国を失った者、親を失った子供など人が集まる様になり、この絶壁に住む者が少しづつ集まって来た。

やがて、人々に請われてその男は崖の庄の長となった。


若武者は自分だけ生き延びることを知り、深く恥じて悲しんだ。

庄の長は若武者を慰めたり、勇気付けたりもした。

庄の長は、若武者の国の事を調べるとも言い、若い者をその地へと走らせた。


若武者と男は、徐々に打ち解けた。

療養してこの崖の庄に暮らして行く内に、2人は親子の様な絆さえ感じる様にまでなる。


そんなある日、男は若武者だけに心の内を漏らす。

この崖の庄は、皆が仲良く暮らし、来襲があったら団結して敵を追い払って来た。

海の幸も豊かで、交易もしてそれなりに生活が安定しているので、皆はこれからも崖の庄で暮らしたいと言うが、庄の長にとっては何の後ろ盾もない崖の庄の行く末を案じていた。

もしかして、大きな敵に飲み込まれるか、潰されてしまうのかと崖の庄の長は心配していたのだ。

若武者は庄の長の胸の内を聞き、自分も何か手伝うと言った。


その言葉通りに、回復した若武者は庄の為に一生懸命に働いた。

初めは敵ではないかと疑っていた民だが、若武者の働き振りを見て、次第に打ち解けていった。

そうしていく内に僧侶が、若武者の愛馬の為に小さい墓を建て菩提を弔ってくれた。

その時に、庄の長や民が参加してくれた。

長や民の思いに感動した若武者は、ここへ永住しようと考える様になっていった。


やがて、若武者の国へ行って来た若い者が帰って来た。

国はまだあり、土地も豊かなままであるとも伝えてくれた。


庄の長は、直ぐに帰る様に若武者を促す。

若武者は最初はここに留まるつもりだったが、庄の長の強い説得により、後ろ髪を引かれる思いで国へ帰った。


それから数年後。


若武者は、崖の庄に帰って来た。

一回りも逞しくなって、多くの家臣を引き連れていた。

若武者は、国の当主になっていたのだ。

若武者が国の御曹司であるのを知っていたのは、庄の長だけ。

他の者は、若武者の変身ぶりに驚いた。


若武者が自信が付いたのは、あの負け戦から這い上がり、その後は連戦連勝で幾つかの国をまとめたのだ。

その中の国には、崖の庄を脅かしていた所もあった。


若武者はこの庄の後見人になると宣言し、自治を認める念書を庄の長に渡した。

庄の長は、念書を持って深く御礼をした。

これで崖の庄は安泰だと、皆は喜んだ。

若武者も、庄の民が愛馬の墓を守ってくれた事に感激した。


そして、若武者は家来と供に国へと帰っていった。

崖の庄の民の歓喜の声を背に。