足首を掴まれる感覚がして目が覚めた。
あたりは静まりかえっていて、部屋は真っ暗だ。
布団の中で、"何か"がモゾモゾと僕の上を這ってくる。
全身に鳥肌が立つ。
この人里離れた山奥の村には、僕の知らない
"何か"がいるのかもしれない。
怖くて体を動かすことも声を出すこともできなかった。
そして僕の上を這ってきた"何か"が、ゆっくりと布団の中から目の前に現れた。





ツィンがその辺に実っている果実をもぎ取り僕に渡してくれた。
口に入れると果汁が広がり、自然な甘味が疲れた体に染み渡る。

5人は最高のチームだった。
この土地のことは何でも知ってるキュートなガイドのツィン。
寡黙だが腕は確かな食事係のタン。
ハンサムで力持ちの陽気なヨニ。
笑顔が素敵で優しいヤエル。
そして僕。

僕はカローからトレッキングをしながらインレー湖周辺の町に向かっていた。
カローで出会った美男美女のイスラエル人カップル、ヨニとヤエルと共にガイドをシェアして雇った。

ガイドのツィンはぬかるんで足を取られる厳しい山道を苦にもせず、トコトコと駆け回りながら植物や土地のことについて軽やかな口調で説明してくれる。
食事係のタンも、全員分の食器や調理器具を背負っているにも関わらず涼しい顔で歩き続ける。
ヨニも笑顔とジョークを絶やさずみんなに声をかける余裕がある。
細身のヤエルでさえしっかりした足取りでみんなについていく。
疲れ切った顔でフラフラ歩いているのは僕だけだった。

「大丈夫か?」

一足遅れた僕にヨニが声をかけてくれる。

「大丈夫!ありがとう!」

力を振り絞って何とか笑顔を見せる。

それまで僕は当時愛用していた便所スリッパを履いて旅していたが、トレッキングに備えてカローで急遽スニーカーを購入した。
そのスニーカーでさえ、泥でヌルヌル滑って度々足を取られた。
僕はもうどうにでもなれとスニーカーを脱いで裸足になり坂を駆け上がった。
裸足の方が幾分かマシだ。
そうやってなんとか歩き続け、今夜泊めてもらう山岳民族の村にたどり着いた。

その村では民家の一室を貸してもらうことになっており、家主のおばあちゃんがにこやかに迎えてくれた。
おばあちゃんは僕のことをハンサムだと言ってくれ、おばあちゃん子の僕はお世辞でも何でも嬉しくなった。

「あなたも可愛い!」

ツィンに教えてもらった現地の言葉でそう伝えると、それまで穏やかに話していたおばあちゃんがゲラゲラ声を出して笑ってくれた。

その後も互いにひたすら褒め合って会話に花を咲かせていると、おまちかねのタンが腕を振るった夕食が出来上がった!
これまで食べたミャンマー料理はどれも美味しかったが、現地で採れた新鮮な食材だけで作った色とりどりのタンの料理はまた格別だった。

その村には電気はもちろん水道も通っておらず、村に一つだけある井戸の水で体を洗い流した。
井戸には葉っぱや多少の虫が浮いていたが、トレッキングで体が汗と泥に塗れていた僕にとっては十分すぎるほどありがたかった。

困ったのはトイレだ。
トイレ事情について赤裸々に話すとなかなか汚い内容になるため、苦手な人はここで読むのをストップすることをおすすめする。


ミャンマーではホテル以外のトイレにはたいてい紙が無かった。
トイレに備え付けのホースから水を出してお尻を洗ったり、そのホースの水で便器を流したりするのが一般的なのだ。

紙は持ち歩いていたので問題なかったが、この村のトイレには水を出すホースさえも付いていなかった。
ただの容器のような便器からトイレの外に管が通じているような簡易的な作りだ。
ボットン便所というわけでもない。
今まさに僕が出した物が目の前にポツンと残されている。
便器に繋がっている管から流さなければいけないのだろうが水がない。
このまま放置してトイレを出るのはダメだよなぁ。
そう考えている間にもトイレの隙間から入ってくる大量の蚊が僕を次々に襲ってくる。

なりふり構っていられない状況で僕が出した結論は、"小便で大便を流す"というものだった。
時間はかかったが、この作戦がなんとか功を奏して僕はやっとトイレから出ることができた。

このブログを読んでくれた人が、今後このような状況に置かれたときに僕の策を思い出してことなきを得てくれれば幸いだ。



夜が深くなってくると、ヨニが持ってきたお酒をみんなで飲みながら語り合った。
良い夜だ。
村に電気は無く、僕たちを照らすのは月明かりだけだった。
ひとしきり楽しんだあと、泊めてもらう部屋に布団を並べてヨニとヤエルと僕の3人で川の字になって床に就いた。

「ベイビ〜、オ〜、ベイビ〜・・。」

心地良い眠りにつこうとしていた僕の隣で、ヨニとヤエルがコソコソとイチャイチャし始めた!

僕はドキドキしながら必死で寝てるフリをした。

"見たらダメだ。早く寝よう。"

"やったー!その調子でどんどん続けてくれよな!''

僕の頭の中で性の天使と性の悪魔が諍いを始めだした。
天使と悪魔の諍いに耳を傾けていたのも束の間、温かい布団があっという間に、疲れ切った僕を幸せな眠りの中に引きずり込んでいった。







足首を掴まれる感覚がして目が覚めた。
あたりは静まりかえっていて、部屋は真っ暗だ。
布団の中で、"何か"がモゾモゾと僕の上を這ってくる。
全身に鳥肌が立つ。
この人里離れた山奥の村には、僕の知らない
"何か"がいるのかもしれない。
怖くて体を動かすことも声を出すこともできなかった。
そして僕の上を這ってきた"何か"が、ゆっくりと布団の中から目の前に現れた。

「オ〜、ベイビ〜。」

・・・ヨニだ。

「・・・オー、ソーリー。」

僕と目が合ったヨニはひどく罰が悪い顔で謝ってきた。
夜中に目が覚めてトイレに行き、部屋に戻ってきたヨニはヤエルの布団に潜り込もうとしたが間違って僕の布団に入ってしまったらしい。
なんだなんだとヤエルも起きてきて、ヤエルと僕で恥ずかしそうにするヨニをひとしきりイジって盛り上がった。

翌朝、ヨニの失態を聞いたツィンとタンも大笑いしていた。
5人の楽しい声が、人里離れた山奥の村に響き渡る。
この胸の中を満たすものは、山で迎える朝の澄んだ空気だけではない。

こうして僕たちは、さらなる山奥に向かってまた進み始めた。