夫婦フルタイム共稼ぎで仕事に追われる中、この春、三男の大学受験・進学・引越しというビッグイベントもありました。

そんな中、コージ君とは、


「卒論とか、どんな風?」

「終わったよ。」



「卒業式は出たの?」

「出てない。」

「なんで?」

「むにゃむにゃ・・・」



「卒業証書は?」

「大学の学務に預かってあるって。」

「なんで?」

「むにゃむにゃ・・・」

「?? そら、早くもらって来んね?」

「うん。」


などというやり取りがありました。


色々なことがひとまず落ち着いた(と思っていた)4月9日。

仕事を終えて遅く帰ると、家の中がただならぬ空気。


妻「お父さん。コージ君は単位が取れていなくて、大学卒業できていないんだって。そんなことで、今一時間くらい話をしとった。」


妻は、コージ君に説教していたようです。


私はというと、あまりに唐突な話だったにもかかわらず、何かピンと来るものがあったというか、そういうこともあるかもしれないと実はどこかで思っていたというか、うまく言えませんが、とっさにそんな風に感じて、コージ君を責めることはしませんでした。むしろ、妻に、「もう責めるな。」と言い、コージ君には「良い良い。責めないから、心配しなくて良い。」というようなことを言いました。


どうしようもなくなったコージ君のカミングアウトでした。

書くことが膨大に思えます。

何から書いたら良いか、少し困っていますが、順序として、2年前の初記事以来の経緯を書かなければなりません。

色々とあって、どうしても各所で言葉足らずになりますが、先ずはアラスジを書きます。



最初に発達障害支援センターに相談に行ったのは、コージ君が大学3年の秋でした。

その時の記事にて曖昧な書き方をしていますが、アスペルガー症候群という診断でした。


コージ君は大学で、学部とは別メニューの公務員講座を受け、大学4年の時、地元市役所の採用試験を受けましたが採用されませんでした。


その他に、就職活動と言って、別に動きのないコージ君。


私は、この時点でコージ君の進み方について、また支援センターに相談してみることにしました。

昨秋、コージ君大学4年の秋のことです。

受け持ってくれたのは、一年前に相談に乗ってくれた人でした。


この度大学を卒業することになるのだが、市役所の試験に落ちて、今現在特に就活もしていない。

大学は法文学部で、いわゆる資格と言えるものが何もない。

大学の就職サポートセンターに来ている求人の中から選ぶのか?

あるいはこれから専門学校に行って資格を取る方が良いのではないか?

ざっと、このような趣旨で、コージ君と二人で相談に行きました。


例えば公務員の採用試験に落ちたことを話すと、相談員は、「ほ~。そうですか。面接で落ちたでしょう?!コージ君はコミュニケーションがうまくいかないからね。」と言います。


例えば、コージ君はじいちゃんばあちゃんとは上手く話せる感じだから、お年寄りを相手にするような職場環境が良いのではないか?と話すと、年寄とだけ話ができても仕事はできないでしょう?と言います。


そんな風な話をしている中で、最初、私は、この人いやにズケズケ言うな;ぁ・・・と感じていたのですが、しばらく話しているうちに、ふと、この人は私に、コージ君の病気のことをきちんと認識させようとして一生懸命言ってくれているんだということに気づきました。


コージくん、学校でいじめにも遭ったでしょう?お父さんお母さんから、なんでこの位の事が出来んとね?!と怒られてつらいことが沢山あったでしょう?


お父さん、コージ君は、大学まで行ったけど、子供のころからず~っと、相当つらい思いをしてここまで来ているんですよ?!


ここはひとまず、卒業おめでとう!とコージ君をお祝いしてあげて、しばらくゆっくり休ませてあげたらどうですか?


そうして、1年か2年か、社会生活のトレーニングなりをお父さんお母さんが見てあげて、コージ君が仕事できるかな?って自信ができたらそれから仕事を考えればどうですか?



ここで、コージ君も、これまでのつらい思いを少しずつ語ります。


それが、思い起こせば思い当たることばかりで、私は私たち自身さえコージ君を苦しめていたことに気が付き、涙が止まらなくなりました。


ひとまず、相談員のアドヴァイスを全面的に受け入れることにしました。

2009年秋にこのブログを開設して以来、ここまで放置していました。

この度、動きがあったので、自分自身久しぶりに管理ページに入ってみましたら、

どなた様からかメッセージをいただいていたようです。

ただ、メッセージそのものは多分保存期間を過ぎて消滅しているらしく、

拝見することができませんでした。

メッセージを下さった方にお詫びを申し上げます。


色々とあって、これから私たち(主に私、妻、コージ君)について少しずつ書いてみようかな?と思っています。

某日。夫婦二人の仕事の折り合いをつけて発達障害支援センターへ。



幼少時からこれまでのエピソードの聞き取り。


次回の午前心理テスト、午後専門医と会うことになる日取りの予定も立った。



相手をしてくれた方はとてもフレンドリー。


もう少し早く訪れていれば良かったと思う反面、

これが自然な成り行きだっただろうな、とも感じる。




事前にまとめた夫婦それぞれのメモと、


自閉症スペクトラム指数(AQ)自己診断テスト の結果を提供。



妻のメモは出生からこれまでのコージのエピソードをピックアップしたもの。


私のは、現状で気になっていることが主。


打ち合わせしていなかったけれど、何となく役割分担できているじゃん。

さすがオレたち!(冗談)


しかし妻のメモを見ると僕の知らなかったところが二、三あり、やっぱり母親やねと思う。




次回の相談にはボクが休みが取れないこともあり妻が来ることになる。


ま、その方が良かろうね。




自己診断テストは、以前やったときには36点とか37点とかだったが、


記録をとっていなかったので今回再度やってみたもの。


今回は31点、上記サイトの様子をみる限り微妙?




相談員の方とやり取りしているうちに、


やっぱりそれなりの傾向があるんだなということをうすうす確信したような次第。

その名を「コージ」と名付けよう。


3人兄弟の頭。大学生。ボクのムスコである。


コージ。

子供の頃から「ちょっと風変わりなヤツ」。

とても乱暴に一言で言えば、ヒトととうまく関係を結べないところがあるかな?という感じ。


幼いうちは「ちょっと変わってる」ですんでいた(すんでいないこともあったか・・・)が、コージも既に成人し、やがて社会に出る日も近い。


社会でちゃんと生きていってもらいたいという親父の気持ちは、ヒトとしてこうあるべきだ、こうあって欲しい、という言葉となってコージに発せられ、この数年衝突の場面も多い。





かなり早い時期から、何かがひっかかっていた。


いろいろ調べるうちに、「アスペルガー症候群」に行き当たる。

なんだか、違うところもあるけれども、当てはまることが多いような気がする。


それならそうで、周囲が、親が、本人が、認識しておいた方が良いこともあるようだ。


調べるうちに、発達障害支援センターなるところがあることを知る。


夫婦でいろいろ話もして、先ずは相談してみることにした。時間をとってもらってある。




コージの人生と、親としても向き合わなければいけない。


製造物責任法なんてのもあるし(冗談)。


そういう意味で親父のアクションの出番。




ボクも結構「日本のお父さん」していたから、子供との関わりは圧倒的に母親が濃い。


おまけに母親はなにせ「母親」である。


相談に行くに当たって、今日明日は夫婦二人で、コージの幼少からこれまでのストーリーをまとめてみることにしよう。