私はバカになりたい!Mr.Gの三無主義とは?馬鹿道を極める | Mr.Gの気まぐれ投資コラム

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50代グダグダちょい悪おやじMr.Gの趣味と海外投資に関するコラムです。
香港を拠点に活動する個人投資家であり、自称「投資戦略予報士」Mr.Gがお伝えする海外投資の生情報。
ねだるな勝ち取れ、さすれば与えられん!

 

バカ(馬鹿)の語源は、サンスクリット語で「痴」、「愚か」を意味するmohaの音写である莫迦の読み(baka)から来たという説と、中国の史記に出てくる「指鹿為馬(鹿を指して馬となす)」の故事が語源であるという俗説があり、一般的にはサンスクリット語の莫迦から来ている説が強いようだが、個人的には最近キングダムや三国志にハマった影響もあり、史記の指鹿為馬の故事に由来する説の方が興味深い。

 

漫画キングダムの世界ではまだ、少なくともまだ10年50巻以上はかかるであろう始皇帝(政)による秦の中国統一という歴史的大偉業の後、数100年の歴史を持つ大帝国秦は始皇帝の息子である2代皇帝胡亥の即位からなんと僅か4年で滅亡している。

 

なぜそのような事が起こったかは、ここでは書ききれないので、興味のある方は歴史を自ら紐解いて欲しい。

 

この暗君名高い2代皇帝胡亥の時代に、私利私欲により秦を滅ぼす元凶ともなった悪徳宦官の超高が、悪政により勃発していた反乱軍が目前に迫っている危機の最中に、廷臣が胡亥と自分のどちらに付くのかを見極める為に仕組んだまるで冗談のような策が「指鹿為馬」だ。

 

とにかく始皇帝の死後、宦官が力を持ってしまい、治世が無茶苦茶になってしまったため、あちこちで反乱が起き、その中でも陳勝・呉広の乱というのが有名だが、反乱軍が目前に迫った危機的状況の中で、

反乱軍まったく鎮圧出来ていない事実を隠していた宦官の趙高は、そのことが胡亥にバレる事を心配して、宮廷内で自分を裏切る可能性のある(良識のある)人間をあぶり出して口封じを目論んだ・・・。

 

そこで趙高は何を思ったか、胡亥に珍しい馬を献上すると言って鹿を献上したところ、さすがに酒池肉林で骨抜きにされていたアホな胡亥ですら「これはどうみても鹿じゃねえの?」言ったという。

 

それから趙高は群臣に一人ずつこれが「馬」に見えるか「鹿」に見えるか聞いて回り、正直に「馬」と言った者は胡亥に味方する者と考えて、後に理由を付けて軒並み捉えて殺害したという。

胡亥という2代目皇帝の愚かさと、趙高の企みのバカさ加減が、「馬鹿」という言葉の意味を深く現しているようで面白い。

 

本物の鹿を見せてアホ皇帝も鹿じゃね?と言ったにも関わらず、正直に鹿だと言ったヤツが全員処刑されるという話は、本当にバカげているが、その状況で鹿を馬だと言わないとこりゃ多分趙高殺されるなというのはその場の空気で官吏達はおそらく感じていた筈だ。

それでもバカ正直に鹿だと真実を貫いて処刑されたひとが馬鹿なのか、この理不尽さがバカげていると言うことなのか、それでも趙高を重用し続けた胡亥が馬鹿なのか、いろいろ全部がバカげている。

 

単なる昔話と思いきや、今の世の日本でも、MMT議論や、コロナウイルス陰謀説など、処刑まではされないにしても何となく鹿を馬と言わないとえらい目に遭いそうな、正直な意見が言えない不気味なプレッシャーがあるような気もする。

 

このようなバカげた話しは、人間が馬鹿だから起こるのか、世の中がそもそも人知を越えたバカげた世の中なのか分からないが、大昔から馬鹿なヤツはいて、馬鹿な目に遭う。

 

私が推奨する「バカ道」の馬鹿は、愚か者ではないすっ飛んだ純粋な天然の馬鹿魂をもった馬鹿であり、私はそんな馬鹿になりたいと思っている。

 

秦が滅んだ後、超エリートの項羽を倒して、中華を統一して漢の皇帝にまで上り詰めた平民出身の劉邦は、一説によると天然の大バカ者だったと言われている。

 

そんな馬鹿の劉邦がなぜ中華を統一できたのか?も大変興味深い。

そんなバカっぽい劉邦だが、ある酒場に劉邦が行けば自然にひとがそこに集まって大盛況となるなどの逸話に見られるように、人望だけは厚かったと言われている。

また、謙虚で無欲であったとも言われており、無欲が故に天下を治めたというあたりにバカ道の極意が潜んでいるのかもしれない。