エッセイ178「もう少しで早大学院」
高校受験の時の話である。担任の教師と母親と僕の三者面談で、僕は第一志望が筑波大附属駒場高、第二志望に筑波大附属高、第三志望として学芸大附属高、第四志望として早稲田大学高等学院、第五志望に都立戸山高を選んだ。
中学校内で成績優秀だったから有頂天だったが、自分の実力を過信していた。担任の先生に、上位三校は無理だとしても早大学院と戸山を受けたらいいのではないかといわれた。早大学院は受かるとは思っていなかった。順当にいけば戸山にいくことが僕にはわかっていた。
僕は学級委員長を何度も経験し、内申書に三点プラスされることを聞かされていたからだ。
早大学院は雲の上の高校だと思っていた。入学すれば百パーセント早大に進学できるエリート校だった。それは大学受験で早大に入るのとは質が違っていた。大学から早稲田に入るのはそう難しくないことだと思っていた。
試験当日、クラスメイトのKとふたりで早大の法学部で受験した。試験終了後、Kは数学は簡単だったといった。僕は英語、国語、数学のどれをとっても六割程度の感触だった。
一次試験合格発表の日、家族で車で会場へ向かう途中、Kにばったり会った。車に乗せて一緒に会場へ行った。
信じられないことに掲示板に僕の受験番号があった。家族で大喜びした。一方、Kの番号はなかった。帰りの車の中は静かだった。
まだ二次試験があるというのに僕は受かったも同然だと思っていた。過去の問題集を解いて七割弱の点数がとれたが、まさか一次試験に合格するとは思ってもいなかった。記念受験のつもりでいた。家族も浮かれていた。中学生だというのに祝杯を挙げた。
ここで冷静になって中学の国語の先生にアドバイスをもらっておけば良かったのかもしれない。二次試験は論文だった。テーマは「感動」だった。僕は新宿区の陸上競技大会で、三千メートル走で四位入賞したことを書いた。つまり感動した話を書いたのだった。試験は「論文」だった。「感動」についての自分なりの論述をすればよかったのだと、後になって気がついた。
二次試験の合格発表の掲示板に僕の名前はなかった。僕は順当に戸山高校に進学することになった。