東大理三志望はキチガイの妄想か
こんばんみ!
連休スタートですね。エンジョイされていますか? うちはどこにも行きません。なにもしません。いつもと同じです。
今日のニュース。
<ロッテ>ソフトバンクに競り勝ち、20年ぶりの8連勝
○ロッテ6―5ソフトバンク● 投打のかみ合ったロッテが競り勝ち、20年ぶりの8連勝。同点の六回2死一塁から大塚の右越え2ランで勝ち越し。七、八回にも小刻みに加点した。清水は4勝目。ソフトバンクは九回にズレータが3ランを放ったが、一歩及ばなかった。(毎日新聞)
なんでも今ロッテが首位なんですって? うれしいですね。別に千葉だからというわけではないのですが、パ・リーグの中ではロッテが一番好きです。好調の理由はバレンタイン監督だと思います。あの人やっぱり優秀ですよ。10年前くらいかな、ロッテは一度バレンタインさんを監督に就任させたんですね。そのシーズンはなんと2位だった!
なのに首脳陣は彼を解雇した。全く納得いかない。今回また来てくれてうれしいですね。あの人ならロッテを優勝させることができるかもしれません。5月7日のロッテ-横浜戦を観に高校の悪友(笑)と横浜まで行って来ます。なんでセ・パで戦うのかよく知りません。ゴールデンウィークの特別サービスでしょうか。
今日の賢。
徹夜です。センター英語の勉強もしたし、ネットで調べものもしたし、片づけたい本もあった。それで何となく朝になってしまった。全然眠くないからいいやって。まず『東大理科四類』を3名の方に送りました。もちろん手紙をつけて。大学の恩師と母方の親戚の叔母ちゃんと、文学家の親戚の叔父さんへ。
叔父さんは本の講評を手紙に書いてくれたりします。その叔父さんに手紙でいわれました。「賢くんが小説を書くモチベーションは<チチ>と<ヘンサチ>だ」と。いわれるまで気づきませんでした。そうか、チチとヘンサチだったのか。
大学受験に失敗してチチの期待にこたえられず、ヘンサチコンプレックスを抱えて自殺未遂やったんだもんなあ。ヘンサチコンプレックスのことはまたあとで書きますね。
で、郵便局へ行って、ソフト屋へ行く。別になにがほしいっていうわけでもなかったんですけどね。10時頃になって猛烈な睡魔が襲ってきました。車の中でシートを倒して寝る。2時間も寝てしまった。家に帰ってきてからも少し寝る。
母と話す。
「ねえ、僕に医者になってほしいと思わない?」
イカレてますよね。昨日、緑鐵舎から請求資料が届いたんです。緑鐵舎というのはオール東大生150人をバイトで使って受験勉強指導する団体です。和田秀樹という人がやっています。この人の話は何回かしていると思いますが、僕はこの人の信者です。
灘中高で落ちこぼれだったそうですが、画期的な勉強方法を考えついて東大理三(医学部)に現役合格した人です。その後、肩書きは精神科医ですが、受験アドバイザーだのなんだのといろいろ金儲けをやっています。著書量もかなりあります。全部買い揃えたいくらいですが、どの本も結局は「要領よく勉強すればいい大学に入れる」ということが書かれています。
僕は高校の時、和田式に出会いました。でも出会ったのが遅すぎて現役では全敗。でも和田式を取り入れることですごく勉強が楽に、楽しくなりました。浪人の時は1学期に飛ばしすぎて鬱になり、そのまま試験本番。第5志望校に入らざるを得なくなる。それがきっかけで自殺未遂。
今でも偏差値コンプレックスがあります。いつまでもそれを抱えていくのだろうと思っていたのですが、『東京大学受験作法』という本を読んでからは「自分でも東大に入れるかもしれない」という妄想を抱いてしまいました。5月からZ会が始まります。今も英語と数学の勉強をしています。
やはり「東大」のネームバリューは別格です。京大のほうが難しかろうが、慶応医学部のほうが難しかろうが、やはり「東大」なんですよ。はじめは文転しようと思っていました。文学部に入ろうと。でも社会2科目は知識ゼロですから無理です。やはり理系になります。理科一類にしようと思いました。
でも今日あたり、医学部にいきたいと思うようになりました。頭オカシイですよね。31で、精神障害者で、ひきこもりで、対人恐怖症で、そううつ病の人間が医者になれるでしょうか。いえ、医者になりたいわけではないんです。和田秀樹のように受験研究家になりたいんです。
東大に行きたい+医学部に行きたい=東大医学部に行きたい になってしまうじゃありませんか! 日本最難関の。理三は定員80人ですよ。日本中の受験生がそこを頂点とした偏差値ピラミッドでしのぎを削っているのです。高校の同級生に憲ちゃんがいました。
憲ちゃんは理三を目指していました。医者になりたいと公言していました。お父さんは弁護士だそうです。今思えば理三を目指していた割には高校生活をエンジョイしていた感じです。アメフト部に入っていたし、高3の学園祭では演劇(オペラ座の怪人)で主役を演じていました。
フユミちゃんと恋愛もしていました。浪人の時に新宿の三省堂でばったり会ったんです。憲ちゃんは駿台の市ヶ谷校(医系スーパーコース)に通っていました。「どう? 理三いけそう?」と聞くと「理一ならいけるけど理三は難しいみたい」といっていました。
あの憲ちゃんでさえいけなかった理三。目指したいなんて言えますか? 昨日今日と暑いくらいの天気でしたよね。春の陽気のせいで軽そう状態になっているのかもしれません。そういえば今年は春鬱にも春躁にもなりませんでした。躁の時の脳みそがドライブしている感じがありません。
軽躁の時は体は疲れ切っているのに頭だけガンガンに冴えわたっていて、それはそれでしんどいのですが、今回はそういう状態ではありません。でも、今自分の可能性を感じているんです。大学受験に失敗して、和田秀樹にはだまされたと思いました。しょせん灘中生と公立中学生ではスタートラインが違うのだと。
コンピュータにも弱いので理系の才能に限界を感じていました。そんなわけで大した読書家でもないのに小説家を目指すことになりました。小説講座を受講して自分の才能のなさを思い知りました。書く作品はほとんどCランク。
年金で小説の勉強をずっと続けていって、母とずっとふたり暮らし。母の看病をして最期を看取るのも悪い人生じゃないなと思っていました。ささやかだけど安定したしあわせ。
でも今は大学を入り直したいと思う。編入とかではなく、正門から東大に入りたいと思うんです。自分で勝手に限界を設定することが嫌になったのです。「必ず努力は実る」とは言い切れません。日本ソフトボールの監督さん、宇津木さんがいっていました。「練習は裏切らない」と。でも金メダルはとれなかった。
現実は残酷です。でも夢に向かって努力するのって苦しいけど楽しいことだと思います。
地方の国立医学部にはあまり入りたいと思いません。やはり東大がいいんです。東大の中では医学部がいい。運の悪いことに医学部はもっとも難易度が高いと来ている。だから2段階でいこうかなと。まず今から宅浪して2年後くらいに理一に入る。そのまま仮面浪人して理三を目指す。東大ブランドを保持したまま理三を狙うわけです。
ちょっと夢を見すぎですね。30過ぎてからなんて。高校は都内屈指の進学校だったけど、大学は偏差値56の中堅私立。でもいいわけはいろいろできる。高校に入ってからはあまり勉強しなかったし、「人生をいかに生きるか」というテーマで悩んでいたし、本気で勉強するようになった浪人の時にはわずか4カ月でオーバーヒートして鬱になった。
夏休みからほとんど勉強せずに鬱のまま受験本番を迎える。いい結果がでるわけがない。偏差値56が自分の限界だとは思いたくない。かつては75だったじゃないか。もう一度夢を見たい。人間に限界というものはない。それは単に本人が諦めただけのこと。
ずいぶん長くなってしまいました。2時間くらいこれを書いています。原稿用紙8枚。この辺にしておきましょうね。今後の予定は英語の復習です。明日の予定は発展問題に進められればと思っています。そんなところでしょうか。それではよい週末を。
今日のお言葉
限界なんてない。
(賢)