エッセイ172「精神の限界Kデンキ」 | あなたのココロ、治します。

エッセイ172「精神の限界Kデンキ」


 家庭教師のバイトが終わったあとはいろいろなお店を回って待遇をメモしたりした。その中で一番よかったのがKデンキだった。時給九百円、週三日とあった。僕は毎日働くというのはしんどいのでちょうどいいと思った。履歴書を持って店長と面接した。店長はおっとりした感じの人で即採用となった。

 僕は店長の直属の部下ではなく、センター長と呼ばれる倉庫係のOさんの部下になった。倉庫にはもう一人、Sさんという方もいて、みんな同い年だという。Sさんは大学を卒業後、別の会社へ就職したものの、訳あってKデンキに再就職したという。

 Oさんは高校卒業後、Kデンキに就職してその仕事一本でここまで至っているという。全員二十七歳だった。もう一人、バイトの人がいて、彼は僕らよりは年下らしいが高校も卒業したんだかどうだか怪しい。Sさんが説明してくれたが、そんなことは聞かなかったほうがよかった。僕はプライドが妙に高くて、年下のバイトくんに仕事を教わらなければならないのが苦痛だった。

 仕事の内容については毎日運送会社が商品を納めに来るのでそれの検品と店内へ品出しをする事だった。僕はやる気満々だった。特許事務所の時の部長に
「きみは体を動かす仕事のほうが向いているかもね」
といわれていたのでぜひ肉体労働をしてみたかった。軍手を二十組セットで買ったり、店のエプロンを自分で洗濯したりした。

あとで
「あのときのあんたはやりすぎだったよ」
と母と兄にいわれた。今でも軍手が余って置かれている。
KデンキではGさんという主婦の方も働いていた。Gさんは僕が四回目の自殺未遂をしたときに入院した病院でやはりうつ病で入院していた。

初出勤の日、Gさんがそーっと近づいてきて
「入院したことは話したらダメよ」
といわれた。なんでもここの人たちはそういう繊細な人種ではないという。Gさんが働いているということでKデンキでバイトをする気になったところもある。

 仕事は最初の二日間は楽しかった。しかし、肉体的苦痛は大したことがなかったが、プライドが邪魔をして三日目にはもう辞めたいと思っていた。それを店長に話すと
「月末まで待ってくれると事務処理的にはありがたいんだけど」といわれた。それで三週間ばかり働いた。仕事は単調なはずだったが、いろいろ細かいルールがあってそれを覚えきれなかった。

 以前家庭教師をしていたことは全員が知っていて、
「生徒が合格できなかったらどうするの?」
と聞いてきたりした。
「そこまで担当しなかったけど基本的には関係ない」
と答えた。辞めることはOさんには話さなかった。店長は
「お金持ちは働かなくていいなあ」
とやさしい口調でいった。
僕がそこそこ名の通った大学を卒業していたのでそんなことをいったのだろう。

 僕には仕事が不毛に思えて仕方がなかった。どの商品をどこに置いたらいいのかまったくわからなかったし、どうでもいい仕事だった。僕が店内に入って商品を陳列しているとお客さんがいろいろ質問してきた。それに答えているのを倉庫チームが見ていて
「商品知識あるんですか?」
と聞いてきた。

 僕は簡単な質問だけ答えるようにしていると話した。例えば電話機に留守電機能が付いているかどうかなど素人の僕でもわかることをお客さんは聞いてきた。

 僕はどうせ時給なんだからのんびり仕事をしてやれ、と思っていた。よっぽど緩慢だったのだろう。Oさんが
「もっときびきび動いてくれねえかなあ。今日中に間にあわねえよ」
といった。ますます仕事が嫌になった。

 倉庫を狭くし、店内を広げるという作業に取りかかった。そのときはスペシャルチームといって他から助っ人がきていた。みんな僕より若そうな人たちだった。

 ある時エアコンの室外機を取り出そうとして商品の山を崩してしまったことがあった。そんなときにスペシャルチームが助けてくれて無事商品を積み直してもらった。
「ありがとうございました!」
と大きな声でいったら、言うに及ばないよ、と優しい声をかけてくれた。そうして助けてもらいながら僕は頭の中で
「早く辞めたい、早く辞めたい」と繰り返し思っていた。

 後になってわかったことだが、大リストラがあったらしく、成績の悪いGさんは辞めさせられていた。あとで回転すしやで働いている姿を見た。なんでも旦那さんが亡くなったらしく、女手一つで生計を立てなければならないようだった。

 そしてやっと最後の日が来た。死ぬほどこのときを待ち望んでいた。しゃくなのでOさんには一切辞めることは話さずにSさんと店長に話していた。

 最後の日は朝電話をして今日は休みます、と伝えた。店長はまた会う機会があったらよろしくといっていた。

 Kデンキを辞めたのは五月下旬でそれから何をしようかと考えた。精神障害者年金がすでに振り込まれていたので無理して働く必要はなかった。しかし、春で軽いそう状態だったので次のバイトを探した。

郵便局が募集をかけていた。さっそく面接してもらった。どのくらい働くつもりでいるか、という質問に、新しいパソコンを買えるまで、三十万円くらい稼いだら辞めると答えた。それがいけなかったのか採用は見送られた。