エッセイ169「難しい特許事務所」 | あなたのココロ、治します。

エッセイ169「難しい特許事務所」


 僕は理系で、ペーパーテストは得意だったが、実験や研究といったものがとても嫌いで、理系的才能のなさにうんざりしていた。だから大学推薦を受ければ大手メーカーにいくらでも入社することができたが、それを嫌った。

 そんなわけで大手出版社や学習塾を中心に文系的就職活動を展開した。しかし無謀すぎてすべての試験に落ちた。唯一ホームセンターの会社から内定をもらっただけだった。

 そこで大学の就職課へ相談に行ったら、きみは成績がいいから私が推薦してあげよう、といって特許事務所を紹介された。四年生の十月くらいだったが、あっさり内定がでた。そんなわけで特許事務所に就職することになった。

 直属の部長と机を合わせる形で座り、机の上にはノートパソコンが一台あるだけだった。パソコンから顔を上げるとすぐ前に部長がいた。このころからすでに対人恐怖症とそううつ病を患っていたので、その環境はものすごいストレスで、病気を悪化させた。なんとかストレスを解消しようとガムやタブレットを毎日食べていたし、兄がすすめるので五万円くらいするMDコンポを買って電車の中で音楽を聴いたりした。

 しかしストレスはたまる一方で僕はぎりぎりの状態にまで追い込まれていた。その結果首吊り自殺未遂をして入院することになった。
会社は三カ月試用期間があったが期間内に入院してしまったため本採用されなかった。要するにクビである。

 どんな仕事だったかというと、メーカーが特許を取りたいと思うのだが、取り方がわからなかったり、広い範囲の特許をとれなかったりするので、それを代わりにやりましょうという、代書屋のような仕事だった。
技術明細書というものを書いて特許庁に提出するわけだが、その技術明細書というものがこれまたやっかいで、できるだけ広範囲の特許を取るためにふつうの口語で書かれる文章とまるで違う。

 決まったフォーマットがあってその通りに特殊の文章を書くというのが特許事務所での仕事だった。一人前の明細書を書けるようになるためには十年かかるといわれていた。

 事務職の女性陣といっしょに特許に関する研修を一カ月ほど受け、その後も技術研修という研修を僕ら三人は受けさせられた。新卒の同期は三人で、中途採用の人が二人いた。
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