エッセイ163「幸せな自由生活」 | あなたのココロ、治します。

エッセイ163「幸せな自由生活」

 僕は自由である。なぜならば働いていないからだ。病気を持っているからだ。自殺したいと思う。実行するときもある。僕は過去に8回自殺企図している。全て失敗したため、今こうして随筆を書いている次第である。

 十九歳の時から精神に異常をきたしていた。はじめは「精神の耗弱状態」と診断された。大学受験の年に勉強しすぎてしまった。根を詰めすぎたために精神が参ってしまった。勉強ができなくなって下宿で寝たきりの状態になってしまった。

 そんな状態で大学受験をした。いい結果が出るはずはなかった。不本意な大学に入学することになった。僕はプライドが高いので「こんな大学へ通えるものか」と、あまり大学へ行かなかった。そのことを隠していたが、一年生の秋、後期が始まる前に両親にそのことをうち明けた。そして精神科へ通いたいこと、休学したいことを話した。

 そして次の年の春まで精神科に通い続け、出された薬をせっせと飲んだ。効いていたのかどうかわからない。

 僕は病人だから働けない。だから自由である。毎日好き勝手なことをしている。寝ていることが多いが、パソコンで自分のホームページをつくったりしている。母とふたり暮らしだが、いつ寝ていつ起きていようとも文句を言われない。父は七年前に腎臓ガンで他界している。正直ほっとしている。僕は31歳だが、いくつになっても父を恐ろしく思っていた。父がいたらこんなに自由にさせてもらえなかったはずである。

 人とあまり接しない生活をしている。対人恐怖症があるためである。買い物などはできるが、人と仲良くしたり、社会に適応したりということができない。自ずと家にいる時間が長くなる。ひきこもりである。そううつ病で、対人恐怖症で、ひきこもりである。どうしようもない人間に育ってしまった。

 大学は六年かけて卒業した。留年と休学をした。就職課の推薦で特許事務所に就職した。毎日会社へ行くのが辛かった。ストレスでそううつ病が悪化した。自殺企図した。入院して会社はくびになった。僕は不遇の時代が長かった。

 今やっと自由に生きられている。精神障害者二級に認定された。年金がおりる。それを小遣いとして小説の通信教育を受けたりしている。夢は作家になることである。それ以外に何も考えられない。ペン一本で食べていきたい。エッセイストにもなりたい。だから今随筆を書いているわけである。随筆書きは楽しい。一生のライフワークにしたいと思っている。

 中学生時代が僕の半生記の中で最も幸せだったが、今は二番目に幸せな時期だと思っている。随筆家になりたい。小説家になりたい。今、こうして夢を追いかけて生きていられることが幸せである。これ以上のことを何をも望むことはない。幸せである。