エッセイ150「スイマーになった母」 | あなたのココロ、治します。

エッセイ150「スイマーになった母」

 七年前に父が亡くなり、兄も結婚して家を出ていったので、うちは母と僕のふたり暮らしである。関係はとても良好である。日赤の看護学校を卒業して長年看護婦として働いてきた。兄と僕が小さいうちは仕事を休んでいたが、僕が小学校二年生の時に復職した。僕は二年生の時から鍵っ子だったわけだ。

ヒステリックな父と最後まで離婚しなかった。たぶん僕らを片親にしたくなかったのだろう。よく耐えてくれたものである。五十四歳の時に看護婦をやめた。

父が亡くなってからは趣味で水泳を始めた。昔は体育で水泳をやるなどということはなかったそうで、六十の手習いで始めた。全く泳げなかった母がクロールもブレストも背泳も、おまけにバタフライまでできるようになった。飽きないのか、と聞くと、「だって水の中に浸かっているのが気持ちいいもん」だそうである。

僕は学校で水泳を習ったが、五十メートルくらいしか泳げない。六十の手習いとは恐ろしいものである。スイミングスクールの会員になっている。月曜日が定休日なのでそれ以外は毎日欠かさず二時間ほど泳いでくる。

誕生日のプレゼントとして兄と僕から水着を買って贈った。全身運動をしているおかげで体の悪いところは一切ない。これは感謝しなければならない。母が病気にでもなったら家の中がめちゃくちゃになってしまう。

性格はおっとりしている。僕はそれを受け継いでしまった。自覚症状はないが周りの人は僕をとろいという。それでいて毒舌である。母はあと二十年は生きるだろうか。母がいなくては僕は生きていけない。結婚するつもりはない。僕はマザコンなのであろうか。

僕が無口なため母は寂しい思いをしているが、いつまでも元気に水泳を楽しんでもらえたらいいと思っている。