エッセイ173「きついきつい三Kのアルバイト」
その後、地元で働きたかったのだが、どれも長期労働を募集しているということで、仕方なしにフロムAを買ってバイトを探した。比較的近くに事務所がある肉体労働の記事が目に付いた。そこで働くことになった。
ヘルメットと安全靴と命綱を渡された。それだけ危険な仕事だということだった。日給八千円だった。最初で最後の仕事はゴミくずの山の中から鉄を拾い出すという仕事だった。ゴミの山は気が遠くなるほど大きく、午前中の休み時間にはすでに心身共に限界がきていた。
事務所に電話をかけて明日と明後日の仕事をキャンセルした。頭が回らなくなるほどきつく、腰が痛んだ。無意識のうちにぼーっと突っ立っていたときがあって
「見てねえで仕事しろよ」
と叱られた。
ようやく昼休みになって、もう一人のバイトの人といっしょに昼食を食べた。話によるとその人はコンピュータ系の仕事をしていたが、仕事をしている、という実感がわかなくて辞めたという。僕より一歳年上だった。関西弁で
「働くっちゅうことは畑を楽にさせるっちゅうことや」
と頼みもしないのにお説教を垂れた。本人は今の仕事が充実感があっていいという。
「今俺薬飲んだやろ? 精神安定剤なんや」
と切り出した。聞けばひきこもりだったという。僕もひきこもりですよ、というと、そうだと思ったといった。仕事をキャンセルする電話をするとき、一度考え直してみて欲しかったなあ、といった。僕はもうそんなこといっていられなくて今すぐにでも帰りたかった。
お金が欲しいわけではなかった。ただ何となくバイトをしてみたかっただけだった。その後も何度も続けるか、すぱっと辞めるかどっちかやで、といわれた。僕はこれっきりで辞めるつもりでいた。泣きたくなるほどつらい仕事で、それでいて無意味な肉体労働だった。
強力な磁石を使ってくっつくものは鉄として保存した。こんな原始的な仕事があるのかと思った。
なんとか一日の仕事を終え、十七時ちょうどに現場を後にした。生まれて初めての三Kと呼ばれる仕事だった。事務所に仕事が終わったという電話を入れ、二人は別れた。
後日その関西人から携帯に電話がかかってきて、どうなった、と聞いてきた。僕は辞めました、と晴れ晴れした気持ちでいった。そうか、と力無く関西人は答え、電話を切った。
事務所に備品を返しにいきがてら給料をもらった。こんな端金のためにあんなつらい思いをするのはもうごめんだと思った。