エッセイ129「出版おめでとう」
僕は普通の人ではなかなかできない経験をさせていただきました。それは自分の本を出すということです。これは夢でした。会社を首になってから自由な時間ができました。そこで物書きで一発あててやろうと思いました。僕自身がひきこもりであることを利用して、ひきこもりの本を書こうと思い立ったのです。二週間ほどパソコンに向かい続けました。そしてできたのが二百枚ほどの原稿です。『完全ひきこもりマニュアル』と命名しました。ひきこもり本を出している出版社に「読んで欲しい」と原稿を送りつけました。そう簡単には出版にこぎつけないだろうとわかっていたので、断られてもまた次の出版社へ電話をかけました。
そのうち、O出版で引っかかりました。一度会いたいといわれました。スーツを着て履歴書を持って打ち合わせに臨みました。編集者のAさんに「高等教育を受けた人の文章だ」と褒められました。「しかし、これではひきこもりから抜け出る具体的な方法が欠けている」ともいわれました。そして題名を『ひきこもり卒業マニュアル』にしようといわれました。『精神科に行こう』というベストセラーを読んでまず感想を書いてこい、といわれました。その本は二十二刷もしていました。つまりロングヒットにつながるような作品に書き直せというわけです。所々にまんがが挿入されていて、精神科への敷居が低くなるように書かれていました。参考文献を数十冊読めともいわれました。資金の許すだけ読み漁ってくれといわれました。
いわれるままにひきこもり本を十冊くらい買いました。そして深夜のファミリーレストランで一冊ずつ片づけていき、大事なところはそっくりそのまま引用させてもらいました。原稿が書き上がった事をAさんに告げると、構成を何とかしなくてはならない、といわれました。しかし、他の仕事で手一杯なので他の出版社へ当たってくれ、といわれました。原稿がボリュームアップしたことはAさんに感謝しなければなりませんが、できればO出版から本を出させて欲しかったです。所詮素人には出版なんて無理なのだろうと諦めつつ、S出版の文芸賞にエントリーしました。それでしばらく執筆活動はお休みとなりました。
原稿のことなど忘れていたときにS出版から郵便物が届きました。中身も見ないで捨ててしまおうかと思ったのですが、一応開けてみました。すると文庫大賞の特別賞を受賞したこと、企画出版されることが書いてありました。間違いなく僕の筆名であり、『ひきこもり卒業マニュアル』でした。母に書類を見せると「名前が違うじゃない」という。これは筆名なんだと説明をしてやっと理解してくれました。「やっと芽が出たか」といっていました。そんなに期待していたのかな。書類は仏壇に供えました。七年前に他界した父へのご報告です。
書類の受理からしばらくして編集者のOさんから連絡が来ました。一度打ち合わせをしたいという。千葉から電車に乗って外苑前まで行きました。Oさんはかわいらしい感じの女性でした。それと編集長さんも来てくださいました。早速打ち合わせにはいる。Oさんの持っている原稿には付箋がたくさん貼られていて、すごくよく勉強していただいているのがわかりました。初めての打ち合わせは二時間ほどだったでしょうか。
二回目の時は参考文献を持ってきてくれといわれていました。なんでも引用した文献の著者に連絡を取って許可をもらわないといけないそうです。最終章の「ひきこもりから抜け出る解決法」は引用文献だらけだったので、Oさんに余計な迷惑をかけてしまいました。十月に刊行予定だったのが十二月になり、途中でOさんが体調を崩されて担当の方が変わったりしました。それでもなんとかOさんが気力でがんばって下さり、一月に本が完成しました。
執筆から一年半かかりました。S社から十冊サンプルが送られてきました。それをパソコンなどは使わなそうな親戚に送りました。パソコンが使える人にはメールで出版のことを伝え、インターネットで買って欲しい旨を告げました。僕のホームページでもアマゾンかヤフーショッピングで買えるようにリンクを貼りました。今現在でもアマゾンは「三日以内に発送」と表示されているにもかかわらず、お手元に届いていないというかたがいらっしゃいます。重刷している最中なのでしょうか。早く読んでいただきたいというほど充実した本でもないのですが(ひきこもり関係者にしか役に立たないのではないかと思うからです)、できるだけ早めにお手元に届いて欲しいです。
あと、アマゾンでのランキングも結構気にしています。「ひきこもり」で検索をかけると四十六冊がヒットします。そのうちの三十四位に今のところいます。欲を言えばもうちょっと上がって欲しい(笑)。ヤフーブックスでは一万九千位だそうです。訳が分かりませんね(笑)。
出版話はこれで終わりではないのです。もう一冊出しました。これもS出版からなのですが、短編小説です。短編小説コンテストに『それでも人生に』という小説(らしきもの)を送ったら佳作に選ばれました。僕は小説にはまだ自信がなく、今後も芽が出るかわからないので共同出版することにしました。僕の負担額は十三万円です。普通は百万、二百万する世界ですから割安かもしれません。でも短編集は六百七十ページあって、僕の作品はそのうちの二十九ページです。話の内容はほぼ実話です。暗い青春時代を書きました。この作品にはいくつかの欠点があります。まず全体として単なるモノローグです。セリフがほとんどありません。描写もほとんどありません。つまりあくまで小説らしきものであって、小説ではないのです。たった五十枚の作品です。一度群像新人文学賞に出品したことがあります。かすりもしなかったようです。それをS出版に拾っていただきました。こちらは打ち合わせなどもなく、作品をメールに添付して送っただけです。あとはプロフィールの欄の写真を送ったくらいでしょうか。担当の方ともお会いしていません。今、初めて短編集をじっくり見てみたのですが、入賞していなくてもお金を出して本に載せる方が結構いらっしゃいます。やはり佳作に選んでいただいたことは感謝しなければなりません。他の人の作品は一切読んでいません。自分の作品でさえ読む気になれません。過去を追わずきちんと前を向いて生きていきたいものです。