エッセイ125「インターネット詐欺」 | あなたのココロ、治します。

エッセイ125「インターネット詐欺」

 先日詐欺に遭いました。人生で初めてです。ヤフーオークションで自己啓発セットを落札しました。二十万円の商品でした。自分がほしいと思っていた商品とぴったり同じものだったので迷わず落札しました。次の日に出品者からメールが来て、名前と振込先銀行口座を教えられました。このとき住所と電話番号を確認するためのメールを出しておけばよかったのですが、こちらはもう興奮状態で何も考えず振り込みました。それから相手からのメールは無し。二日経っても三日経っても商品は送られてきません。これはさすがにおかしいぞと気づき、催促のメールを出す。ヤフーと警察に通告するぞと。なんの反応も無し。それで初めて詐欺にあったのだなと思いました。
新春、仕事始めの日に管轄の警察署へ。生活安全課というところへ通される。婦警さんが応対する。「まだ時間がそう経っていないのでもう少し待て」「なんでも警察に頼ろうとしないで自分で努力しろ」ですって。仕事始めから仕事をしたくない思惑が見え見え。いったい何の努力をしろというのか。「ものはなんなのか」と聞かれ「自己啓発セットです」と応える。「ジコケイハツ?」全く初めて聞く言葉らしい。警察官は自己の能力を高める努力をしなくてもやっていけるらしい。「要するに自己暗示みたいなものです」というと「ああ、宗教みたいなものね」となんとなく方向性は分かった様子でした。
気持ちがすっきりしない僕をみて、おじいさんが腰を上げました。相談に乗るからちょっとおいで、と。よくテレビで観るような取調室に通される。インターネットのことなどはまるで分からない様子。鉛筆書きでノートを埋めていく。「あんた、プロだね」などとこぼす。本当にネットの概念を理解できない様子。僕も歳を取ったらこんなおじいさんになるのかなあ、嫌だなあと思う。「じゃあ、今回は相談という形で」と切り上げにかかる相談員。僕も話を聞いてくれて、書類を書いてくれたことで怒りが治まりました。
でも泣き寝入りするつもりはありませんでした。なんせ、定価で買えば二百六十万円もする品物です。それが二十万円で売られていたのです。飛びつくのも無理はありません。そしてライバルたちと競り合ってやっと競り勝ったこの喜び。絶対捕まえてやると思っていました。
まず、お金を振り込んだ銀行へ行ってみる。相手の住所氏名を知っているだろうと思って。しかしやはりそれは個人情報。警察からの電話だったら教えてくれるとのことでした。自分でも電話をしてみましたが取り合ってくれません。警察になんとしてでも動いてもらわなければならないようでした。警察には犯人を捕まえてほしいわけではありません。ただ銀行に電話をして相手の住所氏名を聞き出してくれればよかったのです。ヤフー補償という制度があって、詐欺にあったときに商品の金額の八割を戻してくれるという制度を利用したかったのです。
インターネットで知能犯担当のところの電話番号を調べて電話してみました。管轄の警察署に知能犯係がいるから、そちらに行ってくれとのことでした。
次の日、早速警察署に電話をしました。「知能犯担当の方ですか? まずお名前を教えて下さい」といったところ、相手は激怒。「初対面の人間に名前を教えろとは何事だ」と。こちらは謝っているのに何度も話を蒸し返す。嫌なヤツに当たったなあと思う。でもこいつにうまく従わないと僕の二十万円は返ってこない。穏便に話を進めていこうと思う。今からお伺いしてよろしいですか? との問いに午後一時に来いという。
行きの車の中で「今日は何をいわれても笑顔でイエスといおう」と決めていました。意識して笑顔を作ってみたりしました。普段顔の筋肉を使うことがあまりないので、突っ張って硬い感じでした。途中でコンビニによって昼食にペペロンチーノを買う。車で三十分くらい行ったところに警察署があります。早めに着いたので車の中で昼食をとる。「人に会うときにニンニクを食ってくるとはどういうことだ!」などと怒られるのが嫌でガーリックソースとチップは入れないで食べる。十分前に車を降りる。
刑事課は二階でした。これが「太陽にほえろ」とか「西部警察」に出てくる刑事課かあ、なんだか空気がピリピリしているような気がしました。刑事は「まる」と名乗っていました。丸山さんなのだろうと思っていました。まるが出てくる。図体が大きく、頭は丸刈りでした。まるというのはあだ名なのだなと思いました。取調室に通される。机、いす、ノートパソコンしかない部屋。まるは僕にいろいろな質問をしてきました。母の年齢、使っているパソコンの型番、もっと本質的なこともたくさん。それらをノートにメモしたり、パソコンに入力したりしていました。
とりあえず説教される。「二十万円もする商品を買うのに相手の住所、電話番号を聞かなかったっていうことがおかしいだろ?」「どうしてもほしかったものが格安で出品されていたもので」「仕事は?」「働いていません」「働いていないのにどうやって二十万円も作り出したの?」「年金で」「それはお母さんの老齢年金だろ?」「いえ、僕の障害者年金です」「俺の知り合いでも障害を持っていて立派に働いている人がいるよ。あんた甘えているんだよ!」「年金でこんなものを買おうっていうのがおかしいんだよ。年金は生活費にあてるものなんだよ。こんな事にお金を使っているなんてあんたのほうが詐欺だよ!」などなど、散々悪くいわれました。でもここでブチ切れたら二十万円が返ってこない、耐えるんだ! と必死でこらえました。
帰り際にはすっかりへこんでしまいました。まるは「これで少しはすっきりしたか?」とねぎらいの言葉をかけてくれました。今度来るときはしっかり資料をそろえて、情報をフロッピーに入れて持ってくるようにといわれました。丸々二時間のお説教。僕はまるの二時間を独占したわけですが、刑事の時給っていくらくらいなのだろうと思いました。結局公務員だし、大した月給もらっていないのだろうなあ。家に帰ってから、その日はゆっくり休みました。
次の日から資料集めに入りました。該当するオークションページの印刷とフロッピーへの保存、落札履歴と出品履歴。相手と取り交わしたメールとヘッダ情報のすべてを印刷し、フロッピーに入れる。それからヤフーにメールを出して、内容証明郵便を出したいので相手の住所を教えてくれと頼みました。しかしなんの反応も無し。このことをまるに電話で伝えたら「ヤフーに電話をして聞いてみてくれ」といわれました。ヤフーに電話なんてあるのだろうかと思いましたが、一応一○四で聞いてみました。届けはないとのことでした。もうこの辺でいい加減嫌になってきてしまって、「あーあ、もううんざりだよ」と母にぼやくと「だったらやめればいいじゃない」と一刀両断する。やめるか。警察も手の出しようがないようだし、やるべき事はすべてやったはず。
いい加減ネガティブな感情を持っていることが嫌になってきたところだったので、諦めることにしました。諦めることを決心して一週間。まだできることはあるのでしょうか。もうネガティブな感情は持ちたくありません。この文章を書いているうちにまたはらわたが煮えくり返ってきてしまいましたが、諦めることが最善の策だと思います。またコツコツと年金を貯めていこうと思っています。自己啓発に対する熱もすっかり冷めました。請求した資料も全部捨てるつもりでいます。人間、自己啓発なんてしなくても生きていけるのです。