エッセイ100「空虚であること」
今午前二時です。眠れません。当たり前だ、一日中寝てたんだから。ほんとにこれからの人生の指針がなくて死活問題です。なんにもしたいことがない。なんにもしなきゃならないこともない。後者はありがたいと言えるけど。うつではありません。精神状態は良好です。でもまったく頭の中が白紙です。今やっておくべき事がある気がする。それをしないと「若さを無駄に使ったな」と将来悔やむような気がするのです。五月病でしょうか。でもブルーではありません。ほんとに頭の中、空っぽです。
日中はやることがなくてずっと寝ていました。人生の浪費です。そして夜中に起き出してこんな物を書いているわけです。時間が経てば何かしらやりたいことがでてくるのでしょうか。それを受動的に待っていればいいのでしょうか。やはり普通の人たちのように働いて、結婚して、子供を育てればいいのでしょうか。それなら確かにやることには困らない。でもそれはすべて負債のような気がしてならないんです。適齢期とか、婚姻制度とか、他人が作ったルールに何となくつられてやっているようにしか思えないのです。それが安全で幸福だとも言えるかも知れません。でも僕はそこを疑ってしまって仕方がない。
僕が労働できないという問題がある。調子もいいし、できなくもない気もしている。でも一方で働かずして年金生活を満喫したいという怠け心もある。そもそも自分が何をできるのか。兄のように毎日○時に帰ってくるような生活は人間的ではない、人権侵害だと思う。何もしなくてもいいのだろうか。再び布団の中に潜り込んでしまえばいいのだろうか。冷たい雨が降る中、朝起きて仕事に行くなんて考えただけでもうんざりしてしまう。それを週五日、月から金まで、九時から一七時まで、三五年間やり通すと考えると気が遠くなる。
孤独が好きな僕だが、やっぱり今はさびしい。元彼女がだんだん距離をおいていくのがわかる。一気に別れると僕が死にたいだのって騒ぎ出すから配慮してくれているんだろう。れはそれでありがたいんだけど、やはり恋人が欲しい。
結局僕には何もないのだ。人を惹きつけるほどの有能さも、容姿も、心の暖かみも。かといって自分から死ぬほどのきっかけもなく、惰性で今は生きているわけです・・・。