エッセイ86「人という字は」
精神状態が引き続きいいです。今日は一一時頃目が覚めました。目覚ましをかけなくてもいい無職者の特権。(よくないことの方がいっぱいある、はず)ブランチを摂ってから昨日に引き続いて庭の大工作業をする。昨日切った木材をゴミとして出せるように三つくらいずつに束ねていく。細かい木片やウールやらゴムやらもまとめてゴミ袋に入れる。任務完了。とりあえずやることはやったし、午後三時になったので切り上げることにする。がんばりすぎて疲れてうつにならないように心がける。
書き忘れましたが昨日「ジュニア小説講座」が届いて、その代金を郵便局で振り込む。昨日からテキストを読み始めましたが、ほんと、中学生向けって感じ。こんなおやじがやってていいのだろうかと困惑しつつ楽しくテキストを読みすすめていく。速読も一日一レッスンやる必要があるから、適度に忙しくなってきた感じ。家の手伝いまでするようになったし。字面通りのひまじんではなくなってきた。楽しいことだらけのひまじん。なんかパレアナの「よかった探し」みたいに聞こえていやだな。
実際充実していて楽しいんですよ。やっとひまを潰す方向を見つけられて「よかった」って感じ。それも健全な方向、建設的な方向で。嫌な仕事はよっぽど頼まれない限りやらない。無職者の特権ですから。
うらやましい人はあなたも無職になりなさい。そして生活保護を受けるとか、精神科に通って年金をもらえるようにしなさい。そしてとにかく親にパラサイトすること。なんで親が三○年ローンを組んでまでして獲得した家を有効活用しないのか。あなたが出ていったら親は淋しい思いをしながら生活することになる。特にうちのように父が早く亡くなって、母だけが取り残されたら、毎日喋る人もなく、ボケを促進しているようなもんじゃないですか。親を刺激するために、親の幸福のためにパラサイトしなさい。そのぶん家でハウスキーピングをしなければなりませんが、そこは甘えさせてもらえていることの代償。人という字はふたりが支え合ってこそ成り立つんですよ。知ってましたか? メモっときなさい。なんでいつの間に説教しているんだろう。