エッセイ67「テンパリ人生」
今日もやること全くなし。人生を浪費していることに危機感を感じる。されどやることは一階と布団を往復するのみ。これじゃあほんとに人生やばい。僕は何をすればいいのでしょうか。やっぱり労働ですか? 甘えですができればしんどい思いはしたくない。労働が嫌なら必然的に人生を浪費することになるのでしょうか。
何かの目標に向かって努力したいのです。それは無味乾燥した労働ではなく、自己実現といわれるもの。僕の場合物書き業に携わりたい。じゃあ何か書いたら? 何を書いていいのかわからない。ひきこもりの原稿も出版社から連絡来ないし。ライターズスクールなどを卒業すればコネで仕事を斡旋してくれるのか? 今から十も年の違う子たちと机をならべられるかっていうの。大体大学ってなんだったんだ? 何か教えているようで何も教えてないんじゃないか? 僕は学科を五番の成績で卒業しましたよ。その三年後がこれですよ。
どうせ人生なんて暇つぶしなんだから浪費も大いに結構なのか? こうやって悩んでいくうちにどんどん歳を取ってのっぴきならない状況になっていくのか? というかもうすでに手遅れなのか? こじれていく。死ななければ浪費もオッケーなのか? 病院のデイケアに参加している人たちを見ると本当に人生を浪費している。生け花やったり、ヨガやったり、ビデオ鑑賞したり。ひきこもりの自助グループにしてもしかり。あんなのには付き合ってられない。それなら今の自分の方がまし。物書きという漠然とした目標をどう具現化していくか。何かアドバイスがあったら教えて下さい。こんなクズ人間がいたら人類にもよろしくないと思うし。人生終わりかけてきている気がする。もう終わってんのかな。終わっていることに気付いていないのは僕だけなのかな?