シナリオ12「万年筆」 | あなたのココロ、治します。

シナリオ12「万年筆」

○ 靖二の家、座敷の部屋
   中野靖二(59)が病床で横になって
   いる。中野健(24)と中野澄子(5
   9)が靖二の枕元に沈痛な面もちで座
   っている。
靖二「その万年筆、使えるようにしてくれな
いか」
  健が一生懸命、取扱説明書を読んでい
  る。
靖二「会社で退職記念にもらったんだ。いい
品だろう」
   高級そうな万年筆に会社のマークが刻
   まれている。
健「これでいいんじゃないかな」
   健が苦心の末、万年筆にインクを入れ
   終える。
   その日を境に靖二は意識障害を起こし、
   家族とコミュニケーションがとれなく
   なる。
靖二「おい、あれを見ろ、映画だぞ」
   靖二の指さすその先にはただの壁があ
   るだけである。靖二には何かが見えた
   が、家族には何も見えない。靖二の病 
   状はみるみる悪化していく。とうとう
   自宅での看護ができなくなり、癌セン
   ターのホスピスで死を待つことになる。

○ホスピス
   病気が長期化すると思って、健は近く
   のバッティングセンターの回数券を買
   う。しかし、その一ヶ月後、靖二はあ
   っさりと息を引き取ってしまう。

○ホスピスから帰宅する車の中
   中野洋志(27)が運転する車の中で、
   健が言葉少なげに座っている。
健「一年くらいかかると思っていたからさ
あ、バッティングセンターの回数券、余っ
ちゃった」
洋志「俺もそう思ってたよ。あっけないもん
だな」

○靖二の家、仏間
   葬式も終わり、仏壇に靖二の位牌がお
   かれている。骨壺が仏壇の前に置かれ
   たままになっている。
洋志「母ちゃん、お骨、どうしようか」
澄子「また公営墓地の抽選、はずれちゃった
からねえ」
健「別に急ぐもんじゃないし、当たるまで毎
年応募したらいいんじゃない?」
   仏壇には数ヶ月前に見た万年筆が供え
   られている。
健「お父さんが生きていたらこの万年筆で何
を書いただろうね」
澄子「あの人は文章を書くのが上手だったか
ら、会社の月報でコラムを書くことを頼ま
れていたんじゃないのかねえ」
健「僕、あれ欲しいな」
洋志「父ちゃんの記念品だもん。父ちゃんに
あげなよ」
   健、仏壇の方を見やりつつ、
健「それもそうだね。お父さんが三十何年も
働いてきた記念品だもんね」
澄子「退職金はほとんどお世話になった親戚
に配っちゃって、うちには残ってないんだ
から」
健「生まれてからずっとどなられっ放しだっ
たのに、その成果が万年筆一本なんて、何
だか空しいね」
澄子「お父さんを許してやりなさいよ。あん
 たたちのために教育していたんだからね」