シナリオ11「卒業」 | あなたのココロ、治します。

シナリオ11「卒業」

   卒業


○レストラン
   落ち着いた大人のレストランに安倍光
   男(と安倍久美子(が向かい会って座
   っている。
   ふたりはコースのディナーを楽しんで
   食べている。
光男「じゃあ、とりあえず三年目の結婚日に
 乾杯」
   久美子、ワインのグラスを持ち上げて、
久美子「かんぱーい」
光男「結婚三周年かあ、そんな実感ないなあ」
久美子「どうして? 短く感じられたってい
 うこと?」
光男「うん。まだ新婚ほやほやって感じ」
久美子「あたしはそんな感じしないなあ。だ
ってつきあい始めてからは五年もあなたと
一緒にいるもん」
   光男、ワインを少しずつ飲みながら、
光男「それもそうかもね。最近仕事が忙しいから時間が経つのが早いんだよね」
久美子「ねえ、あたしの学生時代の友達、最
近子供を産んでる人が多いのよね。あたし
たちはどうするの?」
光男「うーん、難しい問題だなあ。三十歳だ
から年相応ではあるんだけどなあ。子供を
育てるなんて大変なこと、自信ないなあ」
久美子「誰だってそうよ。今まで経験のない
 未知のことだらけなんだから」
光男「どうして人は子供をつくるんだろう。
種を保存するようにDNAにプログラミン
グされていることはわかっているんだけど、
この情報化社会の中でそんなに原始的でい
いのかなあって思うんだよね」
久美子「あなた、子供欲しくないの?」
光男「いや、そういう事じゃないんだけど、
不安なんだよね、人の父親になるってこと
が」
久美子「あたしだってそうよ。むしろあたし
の方が負担が大きいのよ。でも心配なこと
があるの。三十五歳以上で初産だった場合、
ダウン症になる確率が急激に高くなるんで
すって」
光男「そうかあ。ちょっと心配だけど子づく
 り始めてみようか」
久美子「ね、そうしましょ。あたしはやっぱ
り女に産まれてきたからには人生で一度で
も経験したいもの」
光男「受精は夏にしよう。早生まれの子は体
 格的にも不利でかわいそうだから春頃産まれるようにしよう」
○光男たちの家
   光男と久美子が子づくりにいそしんで
   いる。
光男「一か月間、これだけがんばれば受精す
 るだろう」
久美子「あたしが不妊症だったらどうしよ
 う」
光男「僕が種なしって事もあり得るさ。そんなことは杞憂だよ。できなかったらその時考えればいい。今、不妊治療も進んでいるしね」
○光男たちの家
   T三か月後
   久美子が台所で嘔吐している。
光男「どうした、久美子」
久美子「あたし、妊娠したかも。明日産婦人
 科へ行ってみるわ」

○ 光男たちの家
   T次の日(
   光男が仕事から帰ってくる。ただいま、 
   ともいわずに久美子に近寄る。
光男「どうだった?」
久美子「妊娠三か月だって」
   光男、久美子のおなかをさすりながら、
光男「そうかあ、よかったじゃないか、なあ。お祝いのケーキを買ってくるよ」
久美子「そんなに張り切らなくていいわよ」

○ 子宮内
   安倍信一(が子宮内にいる。
   久美子がおなかをさすっている。
   久美子が信一に話しかけている。
久美子「まーだかな。早く産まれて欲しいな」
   信一、無愛想に、
信一「まだかって言われても十月十日ってい
 うでしょ。物事には順序があるんだよ」
   信一が久美子のおなかを内側からけっ
   とばす。
久美子「うふふ。喜んでいるみたいだわ。さ
て、胎教始めなくっちゃ。クラシックがい
いのよねえ」
信一「おいおい、もうクラシックは聞き飽き
たよ。ガンガンにロックをかけてくれよ。
クラシックは聴いていて眠くなるんだ。こ
こいらでお昼寝タイムとするかな」
   信一、子宮の中で丸くなって眠りに就
   く。

○胎教教育所内
   光男と久美子がラマーズ法を学
   んでいる。
久美子「ひっひっひっふー、ねえ、こんな事
 をしていて本当に役に立つのかしら」
光男「みんながやっていて、今も廃れずに根
強くやる人がいるんだから役に立つんだよ。
さあもう一回。ひっひっふー」

○病院
   久美子が検査のために横になっている。
   光男が久美子のもとにやってく
   る。
光男「なあ、赤ちゃんの名前なんだけどさ、
男の子だったら信一、女の子だったら香音
っていう名前がいいんじゃないかって。有
名な占い師に姓名判断してもらったんだ」
   久美子、髪をかき上げながら、
久美子「香音って素敵ね。女の子がいいかし
 ら」
信一「おい、俺はもう男って決まっているん
だ。なんだ信一って。ありふれた名前だな。
もっとかっこいい名前を付けてくれよ」
久美子「うふふ。おなかの中で動いてる。喜
 んでいるのかしら」

○病院
   診察室で横たわる久美子のもとに光男
   がやってくる。
光男「今これ、何やっているんだ?」
   久美子、光男の方を向いて、
久美子「おなかの中の赤ちゃんをスキャンし
ているの。これで男の子か女の子かがわか
るのよ」
   医師がカルテをもってふたりのところ
   へやってくる。
医師「順調ですよ。赤ちゃんの性別、わかり
ますけどどうします? 産まれてからのお
楽しみっていう方法もありますよ」
   光男と久美子が顔を見合わす。
久美子「どうする? 産まれてからのお楽し
 みっていうのも面白いわね」
光男「ベビーグッズなんかは産まれてから買
 い揃えてもいいし、お楽しみにしようか」
   信一、怒りの表情を露わにして、
信一「おい、おみくじじゃないんだぞ。人の
 人生を弄ぶな!」
   信一、久美子のおなかを思い切りけと
   ばす。
   久美子、苦痛の表情で、
久美子「いったーい。この子本気でおなかを
蹴ったわ」
光男「元気でいいじゃないか。どんな子が産
 まれてきても元気なのが一番だからね」
久美子「それにしてもこの子のキック力すご
いわ。将来サッカー選手にでもなりたいの
かしら」
光男「羊水の中だからね、水泳のバタフライ
 の選手になるかもよ」

○光男たちの家
   久美子が腹痛で苦しんでいる。
久美子「あなた、ものすごく痛いの。産まれ
 るのかも」
光男「よし、すぐ病院へ行こう」

○病院
   久美子が冷や汗をかいている。
   光男が久美子の手を握りしめている。
久美子「いたーい! 産まれるー!」
   光男が信一を抱きかかえて、
光男「久美子、産まれたよ。元気な赤ちゃん
だ。おちんちんがついているぞ。元気な男
の子だ」
久美子「そう、よかった。ああ辛かったわ。
 もう子供は産みたくないわ」
信一「おぎゃあ(俺だってあんな苦しい思い
 はしたくないよ)」
   看護婦、信一に向かって微笑んで、
看護婦「まあよく泣く子だこと。おしゃべり
 さんなのね」
   信一、泣きやまない。
信一「これが外の世界かあ。さすがに子宮内
とは別世界だな。子宮での生活も悪くはな
かったけど、やっぱり外が一番だ。よーし、
これからどんどん成長して、ビル・ゲイツ
並に出世してやろうじゃないか。子宮での
生活は楽しかったけど、もうこれで終わり
だ。父ちゃん、母ちゃん、今までありがと
う。そしてこれからもよろしくな。それか
らへその緒はきちんと保管しておいてくれ
よ。俺が子宮の中での生活を卒業した証な
んだから」
   光男、信一を抱きかかえながら、
光男「うーん、顔は久美子似で美男子だ。よ
く泣くのは俺のおしゃべりを受け継いでい
るのかな。」
久美子「名前、信一だったわよね。がんばって産まれてきておめでとう。これから人生で辛いこともいっぱいあるだろうけどがんばってね。応援するよ」