エッセイ5「床屋」 | あなたのココロ、治します。

エッセイ5「床屋」

床屋
「あんたそろそろ床屋に行ったら」と母によく言われる。床屋にはもしかしたら半年くらいいってないかも知れない。高いし、うまくいかないことが多いし。だから自分で切っている。少しずつつまんで切れば失敗しないものだ。襟足が伸びているというので母の前で切って見せた。すると「あたしが切ってやろうか」ということになり、少しだけやってもらった。
うちは中二くらいまで父に髪を切られていた。とても恐ろしい父だったので抵抗できなかった。いつも悲惨な髪型にされていた。ある日、絶望的な髪型にされたことがあった。この家を出ようと思った。図書館に行って来る、といって自転車で新宿から奥多摩まで行った。途中で「もう家には帰らないから」と家に電話を入れて一方的に切った。山の中で寝るつもりだったが、三月頃だっただろうか、草の上に横になっても寒くて一睡もできない。こんなことをしている場合じゃない、仕事を探して食って行かねば、と思った。奥多摩から職のありそうなところといえば、南下すれば横浜に着くはずだと思い立った。
峠では自転車を押して横浜に向かった。中学生の僕が働く手段として思いついたのは新聞配達屋しかなかった。店長は人徳のある人だった。なんだかよくわからないが何となく帰るように説得された。「本当に働きたかったら中学を卒業したらおいで」と優しく言われて、僕は家に帰ることにした。
両親は泣いて出迎えた。僕はこいつを一生許すまいと思った。父は三年前に死んだが、僕は父がつくった自分を許していない