連載短編小説『それでも人生に』 ⑤
最初のうち意識ははっきりしていなかった。医者や看護婦が私の周りで忙しそうに動き回っていた。点滴と注射をされていた。私はその後何時間か眠り、急に上半身を起こして
「そうだ、学校に行かなくちゃ」とほとんど無意識で言った。さっきよりは少なかったが三、四人の医者と看護婦に
「いいから、いいから」と強引に横にさせられた。そのすぐ後、また
「そうだ、○○○○○しなくちゃ」と何か言って起き上がった。また
「いいから、いいから」と横にさせられ、今度はゴムのベルトで手足と胴体をベッドに固定された。私はその処置に納得ができ、おとなしく従った。
その後私は眠った。夜中に無意識で
「おかあさーん!」と叫んだ。そうか、私はマザコンだったのかと無意識の叫びに教えられた。普段そんな行動を取ることはなかった。「母」なるものへ還ろうとする本能なのだろう。
日が経つにつれ、そこが何処であるかがだんだん分かってきた。以前八ヶ月ほど精神科に通っていた大学病院だ。そこのいわゆる閉鎖病棟という所らしく、本当に監獄のような所だった。四畳半くらいの所にベッドとトイレが付いている以外何も無かった。部屋は外からロックされ、中からは開けることはできなかった。しかし私はその環境を何故か受け入れることができた。室内には親が持ってきたらしい洗面道具や着替えが置いてあった。しかし私が自殺を試みたのは代々木公園であり、どういった経緯で都内から離れたこの病院に担ぎ込まれたのかいささか不思議だった。しかしそんなことはどうでも良かった。時間の感覚がほとんど無かった。数日か、数時間おきに医者がやって来て何か質問をしてきたが、意識がはっきりしない状態が続いていたので的確な答えを返せなかった。そしてまた暫く眠るという日々が何日間か続いた。
「そうだ、学校に行かなくちゃ」とほとんど無意識で言った。さっきよりは少なかったが三、四人の医者と看護婦に
「いいから、いいから」と強引に横にさせられた。そのすぐ後、また
「そうだ、○○○○○しなくちゃ」と何か言って起き上がった。また
「いいから、いいから」と横にさせられ、今度はゴムのベルトで手足と胴体をベッドに固定された。私はその処置に納得ができ、おとなしく従った。
その後私は眠った。夜中に無意識で
「おかあさーん!」と叫んだ。そうか、私はマザコンだったのかと無意識の叫びに教えられた。普段そんな行動を取ることはなかった。「母」なるものへ還ろうとする本能なのだろう。
日が経つにつれ、そこが何処であるかがだんだん分かってきた。以前八ヶ月ほど精神科に通っていた大学病院だ。そこのいわゆる閉鎖病棟という所らしく、本当に監獄のような所だった。四畳半くらいの所にベッドとトイレが付いている以外何も無かった。部屋は外からロックされ、中からは開けることはできなかった。しかし私はその環境を何故か受け入れることができた。室内には親が持ってきたらしい洗面道具や着替えが置いてあった。しかし私が自殺を試みたのは代々木公園であり、どういった経緯で都内から離れたこの病院に担ぎ込まれたのかいささか不思議だった。しかしそんなことはどうでも良かった。時間の感覚がほとんど無かった。数日か、数時間おきに医者がやって来て何か質問をしてきたが、意識がはっきりしない状態が続いていたので的確な答えを返せなかった。そしてまた暫く眠るという日々が何日間か続いた。